エスゾピクロンはゾピクロンよりも効果がありますか?(前編)
薬の使い分けを考えるとき、僕たちは薬と薬の比較を考えています。「あの薬」と「この薬」、いったい何がどう違うのでしょう。ロンブン情報は、そんな疑問の解決にも参考になります。とはいえ、やみくもにPubMedを検索してみたところで、必ずしもお目当てのロンブンが見つかるわけではありません。効率的にロンブン検索をするにはどうすれば良いのでしょうか…。
ぽんぽこ調剤薬局の駅前店は、その名の通り私鉄の駅前にたたずんでおります。駅前のバスターミナルから真っすぐに伸びる並木道の木々の葉も、すっかり赤茶けてハラハラと舞い落ちる晩秋。街を吹き抜ける風がピリリと頬を刺激します。薬局の入り口にもたくさんの落ち葉が降り積もっておりました。
駅前店の薬局長、S村さんがアスファルトに積もった枯葉をホウキで掃いていると、開局前の時間だというのに、処方箋を手にしたAさんがやってきました。
Aさんは、内科を通院中の72歳女性。高血圧の薬は10年以上も前から飲んでいるそう。「胃が弱いからねぇ、わたし…」が口癖のAさんは、そういいつつも、駅前店の裏にある焼肉屋さんの常連客でもありました。
Aさんは、患者さんが誰もいない薬局の中に入ると、レセプトコンピューターの前で大きなあくびをしている事務のT川さんに処方箋を手渡します。
そういって待合室のソファに腰かけるAさん。S村さんは、急いで薬局入口の枯葉を片付けると、レセプトコンピューターで処方入力しているT川さんの横から、Aさんの処方箋を覗き込みます。
【本日の処方箋】
- アムロジピンOD錠 5㎎ 1錠 分1 朝食後
- バルサルタン錠80mg 1錠 分1 朝食後
- ガスモチン錠5㎎ 3錠 分3 毎食後
- ランソプラゾールOD錠15㎎ 1錠 分1 夕食後
- 酸化マグネシウム錠250㎎ 2錠 分1 就寝前
- エスゾピクロン錠1㎎ 1錠 分1 就寝前
S村さんは、薬の調剤を3分で終えると、情報収集用のタブレット端末を操作してインターネットを立ち上げます。エスゾピクロンを製造販売している製薬企業のウェブサイトにアクセスすると、製品情報の概要をクリックしてみました。
【お薬豆知識】
対称的(鏡像関係)な立体構造を有する化合物を光学異性体と呼びます。光学異性体が存在する化合物は、一般的にR体とS体が等量ずつ含まれるラセミ体として化学合成されます。R体とS体は、物理化学的性質は同等である一方で、生理学的性質は異なることも多いと考えられています。
次にS村さんは、ゾピクロンとエスゾピクロンの添付文書情報をインターネットで検索し、両者を見比べてみました。
成分名 | ゾピクロン(単回投与) | エスゾピクロン(7日間反復投与) | |||
---|---|---|---|---|---|
製品名 | アモバン7.5mg | アモバン10㎎ | ルネスタ1㎎ | ルネスタ2㎎ | ルネスタ3㎎ |
tmax | 1.17時間 | 0.75時間 | 1時間 | 1時間 | 0.8時間 |
Cmax | 67.76ng/ml | 80.87ng/ml | 14.71ng/ml | 27.02ng/ml | 37.59ng/ml |
T1/2 | 3.66時間 | 3.94時間 | 4.83時間 | 5.08時間 | 5.16時間 |
S村さんは前回と同じように疑問をPECOで定式化します。
【ここが大事な復習ポイント】
臨床現場で遭遇する疑問、すなわち医療や健康に関する疑問は背景疑問(background question)と前景疑問(foreground question)に分けることができました【第2回参照】。
また、前景疑問は、patient(患者)、exposure(曝露)、comparison(比較)、Outcome(結果)の4つの要素(頭文字をとってPECO)で構成されています【第1回参照】。
この前景疑問を解決するための行動指針こそが、EBM(Evidence-based Medicine;根拠に基づく医療)に他なりません。
EBMの実践は【図1】に示したように5つのステップで構成されていますが、前景疑問をPECOで定式化することから始めます。また、情報の適用に当たっては、エビデンスのみならず、患者の価値観、患者自身を取り巻く環境、そして医療者の臨床経験という4つの要素を踏まえて、最終的な意思決定を行います。
【図2】EBMの5つのステップと臨床判断の4要素
P:高齢者の不眠に
E:エスゾピクロンを投与すると
C:ゾピクロンに比べて
O:寝つきは良くなるか、中途覚醒が減るか
【図2】「Eszopiclone」 「sleep」でPubMedを検索し、「Randomized Controlled Trial」でフィルタリングした結果
ちょうどそのとき、調剤室の裏手にあるドアが開き、O崎さんが出勤してきました。S村さんとT川さんは、そんなO崎さんの姿を見つめると、「助かったぁ」と安堵したのでした。
医学論文の検索がうまくいかないケースの多くは、以下の2つが原因です。
- 疑問を適切にPECOで定式化できてない。
- 定式化したPECOから適切な検索語を抽出できていない。
PECOによる定式化が難しい疑問は、前景疑問というよりは背景疑問に近いものであり、医学論文よりも、教科書や添付文書、診療ガイドラインなどを参照した方が、効率的な情報収集に繋がることも少なくありません。
また、疑問をPECOで定式化したとしても、そこから検索効率に優れたワードを抽出する必要があります。この作業は論文検索に慣れてくると、半ば無意識的に行われるプロセスですが、論文検索をするうえで最も重要なポイントと言えるかもしれません。定式化したPECOから検索ワードを抽出する作業については、O崎さんが分かりやすくレクチャーしてくれると思いますので、次回をお楽しみに!
参考
Brain Behav. 2022 Feb;12(2):e2488
URL:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35041261/