ドーパミンは快楽物質ではないことが明らかに
常識とされる知識が未来永劫通用するとは限らない。日進月歩の医療の現場では、新しい情報の上書きが必要になってくる。従来、ドーパミンは快楽物質と呼ばれ、脳内で報酬刺激によって放たれ、快感をもたらすとされてきた。ところが近年、ドーパミンは報酬予測誤差に関わっていることが明らかにされている。
最新脳科学で今までの常識が変わる
『もっと!――愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』(ダニエル・Z・リーバーマン、マイケル・E・ロング著、梅田智世訳、インターシフト)には、私たちの常識を覆す驚くべきことが記されている。
『もっと!――愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』
ダニエル・Z・リーバーマン、マイケル・E・ロング著、梅田智世訳、インターシフト
ドーパミンは快楽物質ではない
人類を熱愛、冒険、創造、成功などに駆り立てる力の源も、ドーパミンに他ならない。従来、ドーパミンは快楽物質と呼ばれ、脳内で報酬刺激によって放たれ、快感をもたらすとされてきた。ところが近年、ドーパミンは報酬予測誤差に関わっていることが明らかにされている。例えば、街をぶらついている時、思いがけず素敵な店を見つける、この予想外の良い出来事(報酬予測の誤差)によって、ドーパミンが分泌され、私たちはワクワクする。ここで重要なのは、「素敵な店」という結果(報酬=現実・現在・身体近傍的)ではなく、「予想外、期待と可能性」への反応(予測誤差=想像・未来・身体外的)であることだ。すなわち、ドーパミンの本質は、期待物質なのである。
統合失調症とドーパミン
著者は、ドーパミンは創造力の秘密も握っている――と述べている。統合失調症の治療薬は、ドーパミン活性を低下させる(つまり、統合失調症はドーパミン過剰の傾向がある)。統合失調症では、本来ならば無視すべき何でもないものを重要と思い込んだりすることがある。これは潜在抑制機能障害などと呼ばれ、注意を払う能力が抑制されなくなることで起こる。この障害は妄想・幻覚などを引き起こすとともに、馴染みのある世界・モデルを壊す働きもする。夢のように、全く異なるものが結びついて、新たなアイディアを生み出したりするのだ。まさに、創造と狂気は紙一重というわけだが、ドーパミンはこうした創造的な刺激に深く関わっている。また、双極性障害(躁鬱病)にもドーパミン活性が絡んでいる。
ドーパミンが人類の大移動を引き起こした
さらに、著者の指摘は、ドーパミンが人類の歴史に与えた影響にまで及んでいる。ドーパミン受容体をコードするD4遺伝子のバリアント(多様体)の一つに7Rという対立遺伝子(アレル)がある。この遺伝子を持つ人は、飽き易く、新しいものや珍しいものを追い求め、興奮し易い、短気、浪費癖といった傾向がある。人類の大移動(アフリカを出て、アジア、北米、南米へと至る)にも、この7Rが絡んでいることが明らかになっている。人類の移動経路に当たる各地の遺伝子データを調べたところ、アフリカからの移動距離が長くなるほど、7Rの保有率が高かった。このことは、変化に対応し易いドーパミン活性の高い者たちが、より遠くまで移動を続けた集団の生存・繁殖で優位に立っていたことを示している。
昔、学んだ知識がそのまま通用するとは限らない。薬剤師を始めとする医療担当者には、知識のヴァージョンのアップデイトが常に求められている。