大阪「やってみなはれの根性」で生まれた『調剤支援車』
災害現場で薬剤師にできることは何か?
2018年12月9日、近畿大学で行われた『第5回国際救急災害シンポジウム』。医師、薬剤師、看護師、救急救命士などが参加する本シンポジウムにおいて、大阪府薬剤師会(以下、大阪府薬)は(株)ユヤマと協力し、災害時調剤支援車(以下、調剤支援車)を出展しました。
薬剤師は災害時にどのような活躍が期待されるのか―。大阪府薬常務理事の宮田憲一氏と堀越博一氏に調剤支援車導入のきっかけや災害時の支援活動について薬剤師レポーターが話を伺いました。
災害時、薬剤師会から出動する特別な車とは
──そもそも、調剤支援車・モバイルファーマシーとは、どんな車なのでしょうか。
調剤支援車やモバイルファーマシーは、災害発生時に薬剤や調剤器具を載せて被災地へ向かい、移動先で調剤業務を行う車です。被災地に駆けつけた支援者の休憩場所や仮眠スペース、トイレとしても利用されます。
『第5回国際救急災害シンポジウム』で展示された調剤支援車
──導入のきっかけを教えてください。
全国の都道府県薬剤師会は、災害が発生した際に、お互い助け合う体制があり、我々は大阪府薬の役員として、それぞれ東日本大震災と熊本地震の支援活動に参加しました。その時はじめて、現地でモバイルファーマシーの活躍を見て、災害現場での必要性を強く感じました。
大阪府でも導入が検討されましたが、府の財政事情もあり、また大阪府薬が外部から補助を受けることは難しい状況でした。そこで、同じく大阪府に本社をおく調剤機器メーカー『(株)ユヤマ』の社会貢献の考えと、大阪府薬の災害時の取り組みが一致し、調剤支援車の導入が実現しました。必要と感じたから、実現できる方法を探って実現する、大阪の「やってみなはれ」の根性ですね。
『第5回国際救急災害シンポジウム』で展示された調剤支援車
熊本地震の体験がヒント。医師と連携しながら調剤可能に
──調剤支援車の特徴はどんなところにありますか?
熊本地震の現場で、支援活動をしていた看護師から「モバイルファーマシーは、車中と車外が分断されてしまって患者さんとコミュニケーションが取りづらい」という相談を受けました。一般的なモバイルファーマシーは、キャンピングカータイプで、棚や調剤器具は車内に据え置きとなっています。中に入れる人数にも限りがあります。
今回大阪府薬と(株)ユヤマが連携し、導入した調剤支援車は、トラックをもとにした作りです。キャンピングカーに比べ車内も広く、可動式の棚や器具を積み込んでいるため、後方のドアから棚ごと搬出可能です。車内での調剤だけでなく、移動先でテントを張ったり、現地の救護施設や保健所に、仮設の調剤環境を設営することが出来るのです。患者さんとのコミュニケーションはもちろん、医師と連携して調剤業務を行うことが可能です。
また、トラックタイプの調剤支援車は、マットレスも積み込むことができますので、被災地に駆けつけた薬剤師が、車中で寝ることができるのがいいですね。災害現場での調剤は、普段以上に疲労も溜まりますし、自分たちが被災する可能性もあります。
『第5回国際救急災害シンポジウム』で展示された調剤支援車の車内
──災害時以外は、調剤支援車はどのように使われていますか?
普段は調剤機器メーカーの技術研修機器運搬車として利用されています。ですので、維持費はかかっていません。普段稼働している車なので、いざという時に動かない、という心配は少ないですね。災害時には、無償で借りる約束をしています。調剤器具や薬剤、マットレスなどを積み込んで被災地に向かいます。
被災地での最初の仕事は、大量な薬の仕分け
──被災地で、薬剤師はどのように支援を行うのでしょうか?
被災地には、救護所が設営され、保健所・保健室などがあります。そこで、薬剤師は調剤します。調剤環境がない場所では、モバイルファーマシーや調剤支援車が活躍します。災害時には「災害処方せん」が発行されますので、それに基づく調剤を行います。
実体験でわかったことは、中心となる救護所にはかなりスピーディーに薬が大量に送られてくることです。被災地に駆けつけた薬剤師の最初の仕事は、大量の薬を仕分けすることです。どのような種類の薬がどれだけあるのかを把握し、薬効別に分けて、整理します。
盗難の可能性もあるので、在庫の管理もします。薬剤師の職能の一つである医薬品の供給と物品管理が基本となります。処方せん薬だけでなくOTCも入ってくるので、何を被災者に供給するのかの選択も薬剤師の仕事です。災害処方せんに基づく調剤だけでなく、代替処方を薬剤師の判断で行います。
もう一つの重要な役割は、公衆衛生です。熊本地震の際、保健師から「トイレ洗浄には、どれくらいの濃度に次亜塩素酸を薄めればよいのか」という質問がありました。災害時の簡易トイレでは、処理や消毒が重要です。感染症流行の恐れもあるので、病気を蔓延させないように対処します。
被災地でも、薬剤師法第一条にある「医薬品の供給と薬事衛生」を支援するのが薬剤師の役割となります。
薬剤師の災害支援は「対策本部からの指示を待つ」
──他府県で災害が起こった際、支援が必要かどうかは、どのように判断するのでしょうか?
まず、地震などの災害が起こると、各地域の薬剤師会が災害対策本部を立ち上げます。行政や日本薬剤師会から、災害救援要請が薬剤師会へ入り、動き出します。どのような動きになるかは、被災状況により異なります。例えば2018年の北海道胆振東部地震の場合は、現地の薬剤師だけで十分という情報が入り、大阪府薬は出動していません。
要請を受けると、大阪府の場合は大阪府薬の役員が現地に赴き、状況を見て、定期的な支援が必要かを判断します。長期支援が必要なときは大阪府薬の会員薬剤師にも支援を募ります。東日本大震災の際は、日本薬剤師会から「大阪府薬剤師会は岩手県を担当してほしい」という派遣要請の割り振りがあり、3泊4日や4泊5日交代で対応しました。
人員交代の際、現地情報の申し送りをしていました。被災地では、一切お風呂に入れない状況でした。被災地に入るには、自らの寝場所や食事、安全の確保なども重要です。大阪府薬では、災害対策検討会を立ち上げ、災害時の活動等について検討したり、地域の状況の把握に勤めたりしています。また大阪府が中心となって行う様々な災害訓練等に担当役員が参加して経験を積んでいます。ただ、現地での災害支援は薬剤師ならば誰もができることだと考えています。
──調剤支援車は災害現場には、まだ出動していないのでしょうか?
はい、出動していません。使われないことが一番いいことです。大阪府薬の会員も実際に目にされていない方も多いので、このような取材で紹介されるのはありがたいと思います。
『第5回国際救急災害シンポジウム』での発表
シリーズ 地域の取り組み最前線
新たな地域医療「地域包括ケアシステム」で重要な役割を期待される薬剤師。すでに様々な団体が地域・多職種連携を強める活動を行っています。
薬剤師コラム「地域の取り組み最前線」では各種団体・地域のユニークな取り組みを紹介します。
取材レポーターI の視点
コストをかけずに、新しい発想で必要な支援体制を作った大阪府薬剤師会の「やってみなはれの根性」に触れ、薬剤師として、災害時にできること、担える役割が多いこと知りました。
レポーターI自身の住む都道府県には、モバイルファーマシーがあるのか、災害時の支援に参加する方法を調べてみようと思いました。
薬剤師及び臨床心理士の資格を有する。製薬企業や病院の心理判定・心理療法などに従事したのち、教育の道へ。現在は薬学部と人文学部で指導にあたっている。