身体の構成成分「気・血・津液」が中医学の第一歩
薬剤師のための中医学の基礎、第3回は、身体を構成する重要な成分、「気」「血」「津液」について解説します。中医学では、これらに変調をきたすと、病気になるという考えが基本となっています。
参考資料
「漢方薬膳学」 万来舎 横浜薬科大学編
「漢方294処方 生薬解説」じほう 根本幸夫監修
「図説 中医学概念」山吹書店 汪先恩著
「中医学基礎理論」 東洋医学健康会 神戸中医学院
中医学での重要要素「気」「血」「津液」
中医学の考え方で、病が慢性化すると身体を構成する「気」「血」「津液」に変調をきたし、その状態を弁証(どのような状態かを紐解くこと)することを気血痰弁証といいます。「気」「血」「津液」は五臓の働きをつなぐ役割を果たし、これらがそれぞれ身体の構成成分として重要な役割を担っています。
この「気」「血」「津液」、漢方の世界ではたびたび登場する言葉ですが、それらがなにを示すかというと説明しにくいのではないでしょうか。誤解を承知でわかりやすくいうと「気」は生命力となるエネルギーです。「血」は現代医学でいうところの血液に近いものだとイメージしてください。そして、「津液(水)」は体液をイメージするととらえやすいと思います。
この「気」「血」「津液」に加えて熱の状態がわかると五臓の状態を把握しやすく、体の状態、体質などを理解しやすくなります。
気には5つの作用と4つの種類があります
では、この「気」「血」「津液」を詳しく見ていくことにしましょう。
「気」は人体の構成と生命活動を維持するための基本的な物質です。しかし、目に見えるものではなく、体の中を流動する精微物質と考えられています。
その作用は①推動作用、②温煦(おんく)作用、③防御作用、④固摂(こせつ)作用、⑤気化作用の5つに分けられます。①推動作用というのは人体の成長や発育や経絡などの生理機能を促す作用で、臓器や血液の流れなどをよくします。②温煦作用とはエネルギー代謝や循環機能により体温を維持調節する作用のことを言います。③防御作用とは肌膚(皮膚)を守り、外邪の体内への侵入を防いだり、侵入してきた外邪と戦い、外に追い出す作用です。現代医学の免疫防御作用にあたります。④固摂作用とは血液や汗、尿などの排泄が過多にならないように統制する作用です。⑤気化作用とは気の機能によって体内の物質の転化とエネルギー代謝を維持するために働く作用です。
また、「気」の種類は「元気」、「宗気」、「衛気(えき)」、「営気」に分けられます(分類の仕方はさまざまな説がありますが、ここではこの4種類の分類にします)。
このうち「元気」は人体の最も根本的な気で、人体の生命活動の原動力であるといわれる重要な気です。元気は父母の生殖の精からもらった先天の精と、それに後天の水穀の精気により補充されます。
その機能は大きくふたつあり、ひとつは人体の生長発育と生殖機能を推動し、調節する機能です。もうひとつは各臓腑、経絡などの生理機能を正常に働かせる機能です。
「宗気」は脾胃から得られた水穀の気(栄養物)と肺から吸入した大気が結合し宗気となります。その機能は大きく3つにわけられます。ひとつは肺の呼吸を安定させる機能、次に心が血液を運行するのを促す機能です。最後に父母からもらった先天の精を補助するという機能です。
「衛気」は経脈や体表を動き、外邪から体を防衛します。臓腑や筋肉、皮毛などの組織を温め、汗の排出をコントロールすることで体温を一定に保つ機能を持ちます。その巡るスピードは速くなめらかです。
「営気」とは脈管内を巡る気のことをいい、血を生成し全身に栄養を与えます。4つの気は基本的にバランスを取りながら併存しています。どれかの気が不足するとその気が本来あるべき箇所の病証としてあらわれてきます。後述する<気の病変>でその時の状態を紹介します。
血と津液についても知っておきたい
「血」は「気」よりも物質性の高い液体で、現代医学の「血液」に近いものですが、まったくイコールではないので注意してください。
中医学において「血」は血液と同じように脈中を循環し、全身に栄養分を行きわたらせる作用を持ちます。ですが、血液とは異なり、精神のバランスにも深く関わっていて、精神の安定を保つ働きも持つのです。そのため、「血」が不足すると、不眠、不安、うつ、健忘などの症状があらわれてしまうことがあります。
「津液(水)」とは、血液以外の体液すべてのことを言います。具体的には涙や涎、鼻水、汗、尿、胃液といったものが含まれます。皮膚や内臓、眼・鼻・口などの粘膜を潤し、関節の動きを滑らかにする働きを持ちます。この「津液」は脾(胃腸)で飲食物から消化吸収した栄養分のうち有益な水液を吸収して生成されます。そして脾により心(しん)や肺に運ばれます。その後、肺の宣発(せんぱつ)作用によって霧のように細かく散布され全身に行きわたります。そして、腎に入り、必要な津液と不要な湿濁に分けられ、必要なものはリサイクルし、不要なものは尿として対外に排泄されていきます。
気・血・津液のバランスが崩れたときの症状
これらの「気」「血」「津液」が過不足なく、滞らずにスムーズに流れていると問題はありません。これらのバランスが崩れると体に不調をきたします。
「気」「血」「津液」の不調による具体的な病名、治療法は下記のようになります。
気の病変
<気虚>
陽気が不足している状態
疲れやすく、動く気力がない、息切れを起こす、自汗がでるなどの症状が出ます。
→気を補う処方(補気)で治療します。
<気滞>
気が滞って体内を流れない状態
自律神経の異常亢進あるいは低下などにより平滑筋の緊張、収縮、けいれん、弛緩などが起こった状態をいいます。焦燥感があり、憂鬱な状態です。
→行気※1(理気※2、解うつなど)で治療します。
<気逆>
気滞の特別状態のことで、気の上昇が激しすぎて降下が不足した状態
イライラが激しく、動悸やめまい、不眠症などの症状が現れます。
→降気、鎮静で治療します。
※1、※2 気の流れをよくすること
血の病変
<血虚>
血が不足している状態
顔色、皮膚の色つやが悪く、爪がもろくなったり、眼がかすんだりします。また疲れやすいのも特徴です。
→補血で治療します。
<瘀血(おけつ)>
体内に非生理的血液が残り起こす病態
顔色、皮膚の色に艶がなくどす黒い、のぼせや冷え、頭痛、めまいなど。更年期障害や生理痛、生理不順などの症状が出ます。
→活血化瘀法で治療します。
<出血>
瘀血による出血。血虚、陰虚に伴う微出血。発熱を伴う出血など。
鼻血、吐血、喀血、不正出血、下血などの症状が出ます。
→止血で治療します。
津液の病変
<津液不足>
体の一部あるいは全体において津液が不足している状態。
飲食の不摂生や発汗過多などが原因と考えられます。その症状は鼻やのどなどの乾燥、声が枯れる。目がくぼむ、尿量減少などがみられます。
→津液を補う補津薬により治療します。
<湿>
体内に水分が滞留する状態
体内で発生した内湿により残便感やガスが腸内に滞留することによりお腹が張るような症状がみられます。また、外湿によるもので四肢倦怠や軽い浮腫が出ることがあります。
→辛温解表薬+利水薬、去湿健胃薬などによって治療します。
<水滞>
津液が活性を失い体内に貯留している状態をいいます。
むくみ、咳、痰、関節浮腫などの症状がみられます。
→利水、利湿によって治療します。
このように気・血・津液の不調によりさまざまな症状が表れます。なにが原因でその症状が現れてきているかを理解するのは初心者では難しいですが、これらのことを頭に入れておくと患者の状態を理解する手助けになります。
<監修者プロフィール>
孫 華麗東洋医学健康会 神戸中医学院・院長
北京中医薬大学卒業 医学学士学位取得
中国中医科学院大学院卒業 医学修士取得
元中日友好病院中西医結合腫瘍科の医師、中医学と西洋医学を融合して癌の治療に従事。
来日後、東洋医学専門学校の講師となり、東洋医学健康会の開設を行う。