接客が苦手な薬剤師のための「コミュニケーション術」

更新日: 2022年1月6日 小原 一将

薬剤師にも共通する、人と接点を持つ職業の幸せとは

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せっかく豊富な知識や経験があるのに「コミュニケーション」が苦手で、なかなかうまく患者さんに接することができない、地域医療に貢献することができない…そんな悩みを抱えている薬剤師は多いと思います。話し方や接し方が上手で、多くの患者さんの心を掴む薬剤師、医師や看護師からも頼られる薬剤師、地域イベントで人気の薬剤師と、いったい何が違うのでしょうか。
そこには、”埋めることができないほどの大きな溝”はありません。実は、ほんのちょっとの心がけ、ほんのちょっとの工夫で、相手に与える印象は大きく変えることができるのです。
そこで本連載では、様々な職種の「接客の達人」に、薬剤師にこそ取り組んでほしい接客のコツを色々と語っていただきます。コミュニケーションに苦手意識を抱いている人は、ぜひ真似できるところから業務に取り入れていただければと思います。

寿司職人の荒木さんに聞く、職人としてのお客さんとの接点

第9回目は、元プロボクサーの肩書きを持ちながら、現在は寿司職人として「すしさとる」というご自身のお店で活躍する荒木悟さんにインタビューをさせていただきました。

寿司はシンプルな料理に思えますが奥が深く、そして何よりも、小さい店内で大将の人柄などを目の前で感じつつ、会話をしながら食事をするという少し変わった料理とも言えます。寿司屋に行くと、大将の会話・接客がとにかく上手だと思う経験を何度もしているので、今回はこの秘訣を寿司職人の荒木さんにインタビューをさせてもらいました。

薬剤師に活かすことができるコミュニケーションのコツをたくさんおうかがいできましたが、それ以上に私たち薬剤師にも通ずる「プロとしての矜恃」を感じることができました。

今回のコミュニケーション上達のポイント

  • 人と接点を持つ職業である幸せを意識する
  • ”私から”薬をもらいたいと思ってもらう
  • 患者さんから教えてもらうという心構えを持つ

薬剤師にとてもお世話になったエピソード

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小原

まずは、薬剤師の印象について、荒木さんのエピソードを聞かせてください

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荒木

とても記憶に残っている経験があります。以前に、胃腸炎になったので処方箋を持って薬局に行きました。その時はかなり調子が悪く、薬をもらって何とか薬局を出た後、少し行ったところで吐いてしまったんです

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小原

それは大変な経験でしたね

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荒木

そうなんです。外でしんどそうにしていると、薬を渡してくれた薬剤師さんが、すぐに来てくれました。恥ずかしかったんですけど、親身になって必死に助けてくれたのでとても嬉しかったです

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小原

その薬剤師は、薬を渡した後も見ていてくれたのですね。薬剤師がお役に立つことができて、とても嬉しいです

人と接点を持つ職業が得られる幸せ

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小原

(カウンターのある)寿司屋では、大将へ注文したり、世間話をしたりと、他の料理屋さんと違ってよく会話をするイメージがあります

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荒木

世の中には色々な職業がありますが、寿司職人は”人と接点がある職業”だと私は思っています。それは薬剤師さんもそうですよね

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小原

はい、そうですね。私たちも患者さんとしっかり話をして薬を渡すことが仕事です

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荒木

”人と接点がある”というのはとても大事なことだと思っています。私は、漁に着いて行くことがあるのですが、例えば尼さんはとても長い時間を海に潜り、獲物を取って来ます。そうやって取った獲物は、加工する人や運んでくれる人の協力があって、やっと寿司職人のもとに届きます

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小原

私たちが普段、目にしている寿司のネタは色々な人の助けで届けられていますね

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荒木

そうなんです。ただ、その人たちはお客さんからの声を聞くことはほとんどありません。しかし、私たち寿司職人はお客さんから直接「ありがとう」という言葉をもらうことができます。それだけ幸せな職業に就いているということを意識して、漁師さんや尼さん、物流に関わる人などの皆さんに感謝しています

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小原

なるほど。私たち薬剤師の世界も、研究者が文字通り一生をかけて研究して、多くの動物や人の協力を得て治験を行い、製薬工場や医薬品卸さんたちを経て、私たちがいる薬局に薬が届けられます。それだけの工程を経て届いた薬を渡して、元気になった患者さんの笑顔を見れるのは私たちの特権ですね

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荒木

本当に幸せな職業だと思っています。私はお客さんに「美味しい」と言われることが一番楽しくて嬉しいです。それがあるから辛い時も頑張ることができます。寿司職人は、朝の6時から夜の12時まで働くことがある大変な仕事ではありますが、若い人たちにはこのような気持ちを伝えていきたいですね。辛いからこそ、そこに何を見出せるのかを考えて欲しいです

寿司職人と薬剤師は、「寿司」と「薬」という全く違うものを扱う職業ではありますが、このプロフェッショナルとしての姿勢にはとても共感させられました。寿司職人の方がどのようなコミュニケーションを取っているのかをおうかがいしようと思ったのですが、改めて”コミュニケーションは何のためにあるのか”を考えさせられました。

寿司のネタがどのようにしてここまで届けられたのか、それを伝えられるのは寿司職人だけだと荒木さんは話しました。患者さんの抱える病気を治療できる薬がどのようにして手元にまで届いたのか、そしてその薬がどのように患者さんの人生を改善していくのか、それらを伝えられるのが薬剤師ですが、薬剤師の仕事の醍醐味もそこにあると言えます。

お客さんには「私の」寿司を食べに来てもらいたい

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小原

薬剤師は多くの場合、患者さんと1対1で話をします。寿司職人の方たちは、寿司屋のカウンターに座っているお客さんの話をどれくらい聞いていますか?

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荒木

全員のお客さんの話を聞いています。それは寿司職人にとって当たり前だと思います

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小原

全員ですか。話を聞きながら寿司も握るわけですよね

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荒木

はい、そうです。寿司は当たり前に握っています。そこからさらに人の話をどこまで聞くかだと思います。薬剤師さんも薬のことは当然知っていて、それから相手のことをどこまで考えられるかではないでしょうか

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小原

そうですね。もちろん知らないこともあるので、調べてお伝えすることもありますが、基本的なことは当然頭に入っていて、その知識や経験をどのように目の前の患者さんに提供するのかを考えます

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荒木

有名な話なのですが、同じネタと同じシャリで、ロボットと寿司職人が握ったものを比較するというのがあるんです。ロボットの方が色々なデータや数値を持っているはずなのに、人間が握った方が美味しいんですよ。それは私の中で、寿司を食べるのが人間であるからだと思っています

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小原

極端な例ですが、高級な料理を一人で食べるよりも、カップラーメンを仲の良い人と楽しく食べる方が美味しいと感じることもありますよね

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荒木

その通りです。料理人が作る料理が美味しいのは当たり前なのですが、その”美味しいという味”は常に変化していかなければならないと思っています。そして、変化させる根拠というか材料として、コミュニケーションを使ってお客さんはどのような味を美味しいと感じてもらえるのかを考えます。”寿司”を食べに来るのではなく、”私の寿司”を食べに来るというお客さんを増やしたいと思っています

この話をお伺いして、「薬はどこでもらっても同じ」という言葉を思い出しました。”かかりつけ薬剤師”は、患者さんの様々な情報を把握して薬の一元管理をするという目的1)がありますが、そういったメリットだけではなく、”◯◯さんからもらう薬”という考え方も大きな付加価値となります。

確かに、薬そのものはどこでもらっても同じですが、「嬉しい」「安心する」といった感情とともに渡される薬は服薬アドヒアランスを向上させたり、患者さんの治療への取り組み方を変えたり、プラセボ効果を上乗せできる可能性もあったりすることは、無視できないはずです。

お客さんとだけではない、大事なコミュニケーション

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小原

寿司職人はどれくらいで一人前と呼ばれるのですか?

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荒木

昔は中学を出てから寿司職人になっていました。それが16歳からなので、26歳くらいで一人前の大人になると考えて、10年くらい必要と言われています。その理由として、寿司を握る技術だけでなく、人間形成が寿司職人として大事なので、そのくらいの期間が必要なのではないかと思っています

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小原

これまでのお話をうかがっていて、寿司を握る技術は寿司職人の大事なスキルの一つですが、それに加えて多くのことが必要だということがわかりました

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荒木

寿司屋の仕事には、掃除、会話、お酒、料理など人間形成に必要なものが詰まっていると言えますね。それに、単に何年も寿司職人を経験したというよりも、四季をどれだけ経験できるかが重要だと思っています

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小原

それはどのような意味ですか?

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荒木

寿司職人は寿司を握りますが、それ以上に魚を扱う仕事だと思っています。魚は季節によって大きく変わるので、それにあわせて自分の調理も変えなければなりません。当然、気候によって米も変わるので、それを感じながら調理しています

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小原

魚や米ともコミュニケーションを取っていると言えますね

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荒木

そうですね。ネタやシャリと良いコミュニケーションができて、さらにお客さんと良いコミュニケーションができれば、美味しいと感じて満足してもらえるはずです

謙虚な姿勢が、良いコミュニケーションを生む

インタビューの際に、「お金をいただいて勉強させていただいている」と荒木さんが話した言葉が印象に残りました。私たち薬剤師も、患者さんから勉強させてもらうことは多いです。病気のこと、薬のこと、感情や人生のことなど、薬剤師が知らなかったことを患者さんはいつも教えてくれます。

“修行”という単語が何度かインタビュー中に登場しましたが、それは寿司職人だけではなくプロフェッショナルである全ての職業に共通するはずです。常に修行中であると自らを捉えて、相手から教えてもらうという謙虚な気持ちがコミュニケーションの大事な要素であると言えます。

良いコミュニケーションをするためには、まずは自分がどのようにあるべきかを考えてみましょう。多くの人を繋いで届けられた”薬”を渡す職業であることを意識して、自分は学ばせてもらっている身であるという謙虚な姿勢で患者さんと接することができれば、”あなたの薬”をもらいたいという患者さんが増えていくと思います。

今回、取材に協力していただいた荒木さんのお店は、新型コロナウイルス感染症対策の対応をしながら、できる限りお客さまに満足いただける接客を心がけています。

1)身近な健康の相談役 「かかりつけ薬剤師・薬局」を持ちましょう

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小原 一将
こはら かずまさ

薬剤師/株式会社sing代表取締役
2009年京都薬科大学を卒業後、様々な保険薬局で勤務。薬剤師の価値をもっと社会に届けたいと考え、2019年12月に株式会社singを設立。「頼れる薬剤師が身近にある社会をつくる」をビジョンとして、薬剤師の教育や新しい働き方の支援を行っている。
Apple製品好きであり、薬剤師の業務や医療の発展に活用できないか日々考えている。

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