【第5回】薬剤師のための糖尿病治療の豆知識
~患者さんの変化に気づき、正しく指導できるようになろう~
糖尿病の世界では長年、患者さんの総死亡を減少させる(長生きできる)治療法の確立を目指してきました。ここ最近、SGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬により総死亡を抑制できたという臨床試験結果が出たことで、各国のガイドラインなどが大きく変わってきています。
糖尿病療養指導士、糖尿病薬物療法認定薬剤師、抗菌化学療法認定薬剤師の資格を持ち、日本糖尿病学会、日本くすりと糖尿病学会、日本化学療法学会に所属する著者が薬剤師の皆さんに知っておいて欲しい糖尿病治療のポイントをご紹介します。
服薬指導でどう伝える?糖尿病運動療法のポイント
みなさん、こんにちは。第5回では、難しいと感じている人が多い糖尿病の運動療法について、まとめて行きたいと思います。
糖尿病治療における運動療法は、食事療法よりもさらに難しい指導になります。食事は毎日摂らなければ生きていけませんが、運動はしなくても生きていけるからです(笑)まあ、冗談はさておき、糖尿病患者や高齢者だけでなく、運動を続けることは本当に難しいですよね。
運動療法のコツはいつでも・どこでもできること
運動療法の目的は、短期的に血糖値を下げる狙いもありますが、メインになるのは中長期的に筋肉量、呼吸能、心肺機能を維持し、ADLの担保とインスリン感受性の維持です。そのために大切なのは、ある程度持続する有酸素運動と少しのレジスタンス運動(いわゆる筋トレです)を組み合わせることです。
有酸素運動は、20分程度続けると脂肪の燃焼が優位になり、より効果的だといわれます。レジスタンス運動については「高齢者に筋トレなんかできるの?」という声が聞こえてきそうですが、工夫次第です。
自身が患者さんに指導するときには、涼しい時でもうっすらと汗をかくくらいの軽いウォーキングやサイクリングなどを有酸素運動としてオススメしています。またウォーキングに行くときには、500ml程度のペットボトルを持っていくことを推奨します。こまめな水分補給は大切ですし、高齢者にとって500mlの水分を(ダンベル代わりだと思って)持ちながら歩くことは、意外に筋負荷をかけていることになるんです。一石二鳥ですね。
積極的にレジスタンス運動考えている患者さんにはチューブ運動などをおススメしています。運動療法のポイントは、いつでも、どこでも、できる運動で、翌日に疲れが残らないことが続けられる要素となるでしょう。
運動によっては病態を悪化させる可能性も
忘れてはいけない注意点として、運動の種類によっては、逆に病態を悪化させる可能性があるということです。患者さんには、新しい運動を始めるときには、自分の体のことをよく知っている医師などにその種類の運動が可能かどうかメディカルチェックをしてもらうよう伝えましょう。
足や膝、腰などに痛みを持つ患者さんが、無理にウォーキングなどを始めて、余計に足腰が痛くなってADLが落ちてしまっては、本末転倒ですね。足膝が痛い人や腰が痛い人でも、プールでの水中ウォーキングやサイクリングなど、負担が少ない運動もあるので、患者さんに合った方法を見つけられると思います。
ちなみに、水中ウォーキングは思った以上にカロリー消費と筋負荷が期待できるいい運動なんです。ただ、毎回プールに出かけて。水着に着替えて・・・患者さんにはハードルが高いですよね。
運動療法でカロリーを消費するのは難しい
「運動療法でカロリーを消費するのは難しい」。この情報は知っていそうで知らない、内容だと思います。もちろん、「少し食べすぎちゃったから、頑張って歩いてみよう」という意識は大切です。個人差はありますが、食後1時間後頃に行うの運動が食後の高血糖を抑えるとされています。また、 食後の過血糖が動脈硬化の進展につながるともいわれることから、食後の運動は、理にかなっていると思われます。ただし、患者さんの中に「いつもより30分多く歩いたから、ご飯のおかわりはいいよね~」と思っている方がいます。
運動でカロリーを消費することはめちゃくちゃ大変です。例えば、体重60kgの人がご飯のおかわり(白米で150g~200g程度)を消費しようと思えば、散歩なら約2時間もかかります。高齢者の方はもっと小柄な方も多く、体重が少ないとさらに時間がかかってしまいます。なにより高齢者が急に2時間も散歩をしたら、翌日どうなることでしょうか。こんな誤解のある考え方で食事と運動のバランスを取ろうと考えている患者さんには、優しく指導してあげてください。
運動は、日常の延長から始めよう
運動療法は、新たに時間を取って始めなければならないという患者さんの意識が、スタートすることのボトルネックになることも少なくありません。個人的には理想的な運動療法を今すぐ始める必要なんて無いと思っています。なにごとも準備体操(アイドリング)は必要です。体と気持ちを慣らす時間のために、やったことがある日常の動作を意識することからでも、効果は出るかもしれません。
例えば、毎日立って通勤電車に乗っている患者さんには、毎日○○分立っていることを意識してもらいましょう。テレビが好きで家からほとんど出ない人には、テレビを見てもらいましょう。ただし、ゴロンと横になるのではなく、座って見てもらうのはどうでしょう。座っていることも筋力を使うひとつの手段です。これが継続できれば、いつか歩くことが今より億劫ではなくなるかもしれません。
すべての治療がそうですが、EBM(Evidence-Based Medicine・根拠に基づく医療)を押し付けるではなく、患者さんが選択できる折衷案を一緒に探し出し、定期的に見直すことが大切ではないでしょうか。この作業を繰り返すことで、その段階で最も理想的かつ現実的な治療法を見つけることができるかもしれません。