【第9回】 「妊娠糖尿病」で薬剤師が知るべきポイント
糖尿病の世界では長年、患者さんの総死亡を減少させる(長生きできる)治療法の確立を目指してきました。ここ最近、SGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬により総死亡を抑制できたという臨床試験結果が出たことで、各国のガイドラインなどが大きく変わってきています。
糖尿病療養指導士、糖尿病薬物療法認定薬剤師、抗菌化学療法認定薬剤師の資格を持ち、日本糖尿病学会、日本くすりと糖尿病学会、日本化学療法学会に所属する著者が薬剤師の皆さんに知っておいて欲しい糖尿病治療のポイントをご紹介します。
文献1:Ballamy L.Casas JP,Hingorani AD,Willaims D.Type 2 diabetes mellitus after gestational diabetes:a systematic review and meta-analysis.Lancet 2009;373:1773-1779
今回のテーマは、妊娠糖尿病(GDM)です。あまり馴染みのない病名かもしれませんが、日本人には比較的多い疾患です。コントロールが重要かつ特殊(厳しい血糖管理目標など)なため、糖尿病専門医のもとで管理されることがほとんどです。食事療法・運動療法・薬物療法を専門医の判断ですすめます。
薬物療法をしている多くの妊娠糖尿病患者さんは、外来通院でコントロールを行うため、調剤薬局にインスリンを取りに来られているはずです。今回は、基本的な「薬剤師が知っておくべき情報」に絞って妊娠糖尿病という疾患をご紹介します。
妊娠糖尿病の診断基準
糖尿病療養指導ガイドブックによると、妊娠糖尿病(GDM)とは、「妊娠中にはじめて発見または発症した糖尿病に至っていない糖代謝異常である」と定義されています。要は、妊娠前に糖代謝異常はなく、妊娠したことで糖尿病の一歩手前の状態を確認したとき、妊娠糖尿病と診断されます。表に妊娠中の糖代謝異常と診断基準がまとめられています。
表1 糖尿病療養指導ガイドブック2016 p28より
妊娠中の糖代謝異常と診断基準
妊娠中に取り扱う「糖代謝異常」には、1)「妊娠糖尿病」、2)「妊娠中の明らかな糖尿病」、3)「糖尿病合併妊娠」の3つがある。
1)妊娠糖尿病(GDM)
75gOGTTにおいて次の基準の1点以上を満たした場合に診断する。
①空腹時血糖値≧92mg/dL
②1時間値≧180mg/dL
③2時間値≧153mg/dL
2)妊娠中の明らかな糖尿病
以下のいずれかを満たした場合に診断する
①腹時血糖≧126mg/dL
②HbA1c≧6.5%
3)糖尿病合併妊娠
①妊娠前にすでに診断されている糖尿病
②確実な糖尿病網膜症があるもの
なぜこのようなことが起こるのでしょうか?
人によって、糖尿病へのなりやすさが異なるため、妊娠糖尿病になる人とならない人がいることになります。いろいろな原因がありますが、母体の遺伝要素は外せない原因のひとつと考えてよいでしょう。
どんな女性も妊娠期は糖尿病に近づく
実は妊娠期には、体内に胎盤が形成され、その胎盤から血糖値が上がりやすくなるホルモンが出るため、どんな女性も非妊娠期よりは糖尿病に近づいていることになります。胎児とともに胎盤が大きくなればなるほど、産生される血糖値を上げるホルモンの量が多くなり、一般的に妊娠周期とともに血糖値は上昇傾向を示します。
妊娠糖尿病の血糖コントロール目標は非常に厳しい値であることから血糖値が高くなっていることに症状で気付くことはほぼ不可能であるため、患者さんには少なくとも分娩が終わるまでは血糖値を測り続けてもらうことが大切であると説明することから治療が始まります。
血糖コントロール不良が続くと早産、巨大児などさまざまなリスクが上昇するといわれています。
落ち込むお母さんに医療者として適切な説明を
具体的に血糖値のコントロール目標として、HbA1c、GAなどの目標値がありますが、HbA1cは妊娠中の貧血の影響を受けたり、GAでさえ、あくまでも一定期間の平均であることなどから、参考として使用します。
日々の自己血糖測定による朝食前100mg/dl未満、各食後2時間120mg/dl未満をコントロール目標とすることがほとんどです。ちなみに食後2時間というと「ご飯が終わってから2時間」と勘違いする方がおられますが、「食事をスタートした時点から2時間」ですので、間違わないようにしてください。
私は年間100名程度の妊娠糖尿病患者さんの面談をしていますが、ほとんどの患者さんはマジメに血糖コントロールに向き合い、コントロールすることができています。「妊娠糖尿病」と診断されたときには、自分がどういう状態なのかがはっきりわからず、赤ちゃんのことが心配で、インターネットでいろいろな情報を調べ、悩み、落ち込むお母さんをたくさん見てきました。やはり医療者が正確に状況の説明をする義務があると強く感じています。
炭水化物ゼロはご法度!妊娠糖尿病の食事療法
治療法については、まず食事でコントロールします。食事量のチェックを行い、体重増加が適正であるか、妊娠時点での肥満などが判断基準となるでしょう。ポイントとしては、食事をした後に急激に血糖値が上昇するほとんどを炭水化物が支配していることです。
インターネットで調べた患者さんがこれを見て、炭水化物をやめてしまうという事例が多々見られます。もちろん炭水化物を食べなければ急激に血糖は上がらなくなりますが、妊娠中に炭水化物をゼロにしてしまうのはご法度!赤ちゃんにうまくご飯を届けられなかったり、母体にケトン体が産生されたりするためです。こういうことが起こらないように、適正な炭水化物量やその食べ方など、多岐にわたる指導が必要になってくるのが妊娠糖尿病の難しいところです。
血糖値が上がりにくい食べ方の代表と言えば、「①ゆっくり食べる」 「②炭水化物を重ねて食べない」 「③炭水化物だけの食事を避け、炭水化物を摂るタイミングをできるだけ食事の後半にする」などがあります。分食という普通3食食べる食事の1回摂取量を約半分にし、全体量が増えないことに注意しながら食事を分ける方法も効果的です。
分娩後も将来のリスクに注意
分娩を終えると、胎児とともに胎盤が体外に出てしまうため、血糖値が上がるホルモンが出なくなり、血糖値は元に戻る人がほとんどです。しかし、妊娠糖尿病になる原因のひとつは先に述べたように糖尿病の遺伝要素が関係しているため、将来の糖尿病発症率はかなり高いと言われます。
統計上、妊娠糖尿病と診断された患者さんが将来、糖尿病を発症するリスクは、妊娠糖尿病を指摘されない患者さんの約7.4倍といわれます。(文献1より)ですので、この時点より早期発見のための健康診断の徹底、タイミングをみて家族の食事・運動習慣の見直しを指導しておくことも大切と考えます。