糖尿病患者さんから学ぶこと2
さて、患者さんから学ぶシリーズ第2弾。今回は、動機付けについて考えてみたいと思います。「人は理由なくして行動を変化させたり持続させたりできないもの」これは、人に限らず動物すべてに言えることかもしれません。
そもそも、動機付けとは、目的や目標などのある要因によって行動をおこし、それを持続させる心理的過程を表す心理学用語です。要は、何か目的を持つことで、人は行動を変化させ、これを持続するための理由といった感じでしょうか。動機付けには「内部的動機付け」と「外部的動機付け」の2種類があります。
内発的動機付けとは?
内発的動機付けとは、物事に対して達成感や満足感を得たいという気持ちから生まれる動機付けだと言われています。何かを探求したくなったことで、時間が過ぎるもの忘れてしまっていたなどの現象がこれにあたると思います。特徴としては、損得に関係がないことになるでしょう。
外発的動機付けとは?
外発的動機付けとは、外部から評価や報酬を得たい、もしくは罰を受けたくないという感情から生まれる動機付けです。例えば、親からプレゼントをもらえそうだからテスト勉強を頑張る子供や、仕事を成功させないと上司から厳しく叱責さそうだから、仕事を頑張るなどの感情がこれにあたるでしょう。
一般的には、外からの報酬を求めたり、罰を避けたりするなどの感情から生まれる外発的動機付けは、長期的な持続という意味では成功しない傾向があると言われています。ただ、これに関しては、1つの動機付けで結果を見た場合であり、例えば、まずは何かの理由で行動を変えてみる。その先に次の目的(動機付けになり得るもの)を見つけ、行動を継続していくなどの流れもあるのではないかと私は思っています。
ここまで「プチアドラー心理学」のような話をしてきましたが、本題である糖尿病患者さんの動機付けについて考えてみましょう。繰り返しになりますが、「人は理由なくして行動を変化させたり持続させたりできないもの」です。糖尿病患者さんも理由がなければ変わるはずがありません。
我々医療者は、患者さんの血糖コントロールの指標としてHbA1cをよく用います。もちろん客観的な数値評価として非常に大切な検査項目になりますが、これをあたかも患者さんの動機だと言わんばかりのアプローチをしてしまっていませんか?
確かにHbA1cが改善することは、客観的に患者さんの状態がよくなり、良いことであることは間違いありません。しかし、患者さんの立場に立つと、HbA1cという数字が下がることが本当の目的になっているとは思えません。だとすると「HbA1cが下がりましたね。よかったですね。これからもこの調子で頑張りましょう!」などの会話で終わることは、動機付けを目的とした会話とはいえないのではないでしょうか?
では、今日は、私が肌で感じた動機付けの例を少しだけ見ていただきましょう。
外発的動機付けにより目的を見つけた患者さん
これは私が療養指導士になって間もないころ(約15年前)の話です。この患者さんは血糖コントロールのための精査加療目的の入院をされていました。BMI35前後と極度の肥満があり、体重も増加傾向、血糖値も悪化してきたための入院となったようです。確か50代前半の女性であったこともあり、本人も非常に落ち込んでいました。
私は、この患者さんに糖尿病という病気に向き合ってもらうと同時に、血糖値が良くなった時にプラスになる目標などを一緒に探そうとしました。そんな会話のなか・・・
薬剤師:血糖値を良くし、体重も減らすことができた(第一目標達成)時に、やりたいと思う目標はありませんか?
患者さん:うーん、昔結婚した時に買い取ったウエディングドレスが家にあるんですよ。できることならそれをもう一度着たいなぁ。
薬剤師:いいじゃないですか!それ、着ましょう!
患者さん:いやー、無理無理!今とは全然体形も違うし・・・
薬剤師:いやいや、無理じゃないかもしれないですよ。糖尿病を良くするということは、うれしいことを叶えるってことにもつながりますから。
患者さん:そうかしら・・・。
こんな会話をし、約2週間の入院の後、外来通院へ移行された患者さん。約1年後に外来で再開することになるのですが、かなりお痩せになっており、血糖値もよくなっていました。その時の会話で、目標を持てたから頑張れた、血糖値も良くなってくると、もっと良くなろうって思えるようになったと話してくださいました。
この患者さんは、最初は外発的動機付け(ウエディングドレスをもう一度着るために)による行動変容から始まりましたが、結果として、体重の減少、血糖値の改善を経て、内発的動機付けを自分自身で見つけだしたのだと思います。
糖尿病は、血糖値を良くすることが最終目標ではなく、健康な人と変わらない人生を送っていただくことが最終的な目標とされています。(※1)健康な人の人生は、ワクワクしたり、ドキドキしたりすることがいっぱいなはずです。ということは、糖尿病の患者さんは、ワクワク、ドキドキすることを行うために、治療と向き合ってもらうべきなのではないでしょうか?
※実際の患者さんの特定にならないように、表現を大意が変わらない程度に変更しています。
※1:糖尿病治療ガイド2020-2021