抗生物質の2大問題
薬剤師のみなさん、こんにちは!ドクター・ホンタナ(Fontana)です。「薬剤師が読んで楽しめ仕事にも役立つ」そんな本を紹介するコラムの第5回、テーマは「抗生物質」。人類がペニシリン、ストレプトマイシンを発見し、そのおかげで細菌感染症を制圧できるようになって70年です。ところが、その抗生物質は今まさに二つの大きな問題を抱えています。一つは「薬剤耐性菌」の問題、もう一つは「抗生物質による体内環境の破壊」の問題です。日常的に抗生物質に接する機会も多いと思います。
薬剤耐性菌の2050年問題
まず一冊目は「ガンより怖い薬剤耐性菌」、著者は薬学部出身の研究者です。新型コロナウイルス騒ぎでかすんでしまっていますが、それまでは感染症の最大のリスクと言われ続けていたのは抗生物質が効かない薬剤耐性菌問題でした。
2014年にイギリスの研究グループの発表によれば、このまま対策がとられなければ2050年には 耐性菌感染症による世界の年間死亡者は1000万人に達しガンによる死亡を超えるそうです。これが薬剤耐性菌の2050年問題。2015年にはオバマ大統領(当時)による耐性菌に対する行動計画、さらに2016年伊勢志摩サミットでも耐性菌対策が議題になりました。新型コロナウイルス以前には耐性菌問題こそが健康上の最大の問題だったわけです。もちろん解決したわけではないので、新型コロナウイルス問題がおさまれば、次に必ずクローズアップされる問題です。
耐性菌が蔓延してきた最大の理由は人類が浴びるほど抗生物質を使用してきたからです。この本では細菌が薬剤耐性を発揮するしくみ、そしてそのしくみを獲得するメカニズム、それに対して人類はどうしたらよいのかなど薬剤耐性菌をめぐるすべてを生き生きと描いてくれます。
そもそも、カビや放線菌が抗生物質を作り出すのは、周辺の細菌を死滅させることで自分自身の繁殖を有利にするためです。同時にカビや放線菌は自分が作った抗生物質から自分自身を守るための抗生物質を無効化する仕組みも持っています。その仕組みのもととなる遺伝子がウイルス(ファージ)によって病原細菌の中に持ち込まれると病原細菌が薬剤耐性を獲得してしまいます。また細菌にもオスとメスがありオス・メス融合により耐性遺伝子が水平遺伝するというメカニズムも細菌ならでは。などなど、耐性菌についての興味深い話題が満載です。
ガンより怖い薬剤耐性菌
(三瀬 勝利, 山内 一也)
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抗生物質で太るんです
2冊目は「失われてゆく、我々の内なる細菌」。テレビなどで腸内細菌の話題が増えてきていることは知っていましたがいまひとつピンときていませんでした。しかし、本書を読めば腸内細菌と抗生物質の過剰使用の関係がクリアに理解できます。
家畜のエサに低容量の抗生物質を混ぜていることはみなさん知っていると思いますが、その目的が「脂がのって体重が増えるから」だったとは驚きです。腸内細菌叢(=マイクロバイオーム)を抗生物質で撹乱すると体重が増えるということが仮説ではなく実際に畜産では実用的に使われているのです。
抗生物質の歴史と人間の肥満が急増してきた歴史もまたシンクロしており、抗生物質→腸内細菌叢の破壊→肥満・糖尿病という流れの分子生物学的なメカニズムも解明されつつあります。特に小児期の抗生物質投与でマイクロバイオームが破壊されることや帝王切開でマイクロバイオームの形成が不十分になること、さらにピロリ菌の除菌でも体重が増えること、などなど目からウロコな事実が満載です。
抗生物質の大量使用が人体と細菌の共生関係を破壊し、多くの現代病を引き起こしているという考え方は突飛なようにも見えますが、次第にその科学的なメカニズムが解明されようとしている、そんな時代の入り口にいることを感じる驚きの一冊です。
失われてゆく、我々の内なる細菌
(マーティン・J・ブレイザー)
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腸内細菌に訊け!
さらに一歩進んで腸内細菌の乱れがさまざまな健康上の問題を引き起こしていることに警鐘を鳴らすのが「うつも肥満も腸内細菌に訊け!」・「メタボも老化も腸内細菌に訊け!」の2冊。抗生物質の過剰使用だけでなく、過剰な清潔主義・抗菌グッズなどがアトピーや花粉症などさまざまな健康問題を引き起こしているのがよくわかります。
うつも肥満も腸内細菌に訊け!
(小澤 祥司)
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メタボも老化も腸内細菌に訊け!
(小澤 祥司)
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人類と細菌の共生関係は人類誕生以来はぐくまれてきたものです。もちろん結核やペストなど致死的な細菌感染症を抗生物質で克服してきたことはすばらしい。しかし、抗生物質の歴史はほんの70年にすぎません。抗生物質を工業的に大量に作り使用するという経験はまさに今を生きている我々が人類史上初めて経験しているのです。それが長期的に重大な副作用をもたらすとしたら、それを経験するのもまた我々が初めてなのです。薬剤耐性菌の出現や肥満の急増はその最初の兆候なのかもしれません。
さて次回がこのシリーズの最終回。最後に私自身が診療の現場で何かあるたびに開いている本の中から薬剤師さんに役立つこと間違いなしという本を紹介してみたいと思います。お楽しみに。