おじさん社会と低用量ピルの微妙な関係

薬剤師の本棚・続篇スタートです
薬剤師のみなさん、こんにちは!元外科医のドクター・ホンタナ(Fontana)です。数年前に一線を退きいまは一般書・専門書問わず医療関係の書籍を読んではレビューを書いています。その中から薬剤に関わるものをセレクトし「ドクター・ホンタナの薬剤師の本棚」(全6回)を連載させていただきました。幸い好評だということで、このたび「続・薬剤師の本棚」として新シーズンをスタートすることになりました。このシーズンでは、本を切り口に医療・薬剤をとりまく社会的テーマや人間ドラマを読み解いてみたいと思います。第1回は日本社会における女性医療の問題点を「低用量ピル」「人工妊娠中絶」というキーワードで読み解いてみます。
おじさん社会と低用量ピル
低用量ピルのことを考えるきっかけは松田青子さんの「持続可能な魂の利用」という本でした。この本のカバーに書かれた「この国からおじさんが消える」・・・というフレーズにどっきりして、まさにおじさんが読んでみました。ストーリー的には、女性の立場から見たおじさん社会の滑稽さや生きづらさがたっぷり描かれています。まさに「おじさんあるある」のオン・パレードですので女性読者の共感も多いでしょう。
私自身も含めて「おじさん」は女性からこんな風に見られているのかということがじわじわとわかっていきます。最近の職場では(いや、家庭でも)おじさん的な上から目線にならないように気を付けてはいますが、この本にはこれもアウトかと驚くところも多い。それだけわたし自身のおじさん成分が多いということなのでしょうね。「上から目線」「おじさん」「アイドルグループ」「オタ活」「デモ」など最新世相を盛り込んで読後感爽やかな脱「おじさん」革命ファンタジー。特に女性の薬剤師さんにお薦めです。
この本の印象的なエピソードをひとつ挙げるならば、主人公の女性がレディースクリニックで避妊のための低用量ピルを処方してもらう際、無意味な煩雑さに辟易する場面です。いわく「日本社会は、女性が楽をすることに、快適に暮らすことに、選びとることに、なぜか厳しい目を向ける社会だった。女性が自分の体をコントロールすることをよしとしない社会だった」・・なるほど、そうなんだ、女性がピルで避妊することにはそんなハードルがあったのかと気づいた次第です。
薬剤師さんはご存じでしょうが、日本における避妊薬はすべて処方薬なんですね(編集部注:2020年10月執筆時点)。だからといって保険がきくわけではなく自費診療です。欧米や東南アジアの多くの国では、低用量ピルやアフターピル(緊急避妊薬)が薬局やドラッグストアで手軽に入手できます。価格も安く、日本円にして数百円程度です。一方、日本の場合、認可されているピルの種類が少ない上に値段も高く医師の処方が必須となっています。そのせいで、避妊のためにピルを服用しようとする女性は相当な心理的・時間的・経済的負担を強いられます。
このため、日本ではいまだに膣外射精やコンドームといった不確実でしかも選択権が男性にある避妊法が主流です。この状況は先進国においてはまさにガラパゴスなんです。一方でピルの危険性(血栓症など)は過大に喧伝されています。そこには避妊の主導権は男にありとする日本のおじさん社会の目にみえないプレッシャーがありそうだとは思いませんか。

持続可能な魂の利用
松田青子著
中央公論新社1500円税別
2020年5月刊行
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