10年間MRを担当した私が、調剤業務経験ゼロから在宅医療現場に転職【在宅体験記Vol.2】
近年、在宅医療に関わる薬剤師が増え、「在宅」への興味が高まっている一方、実際の現場のようすや多職種との関わりがわからないという不安の声も聞かれます。
本企画「はじめての在宅体験記」では、在宅医療に携わっている薬剤師の方に、苦労した点ややりがい、薬剤師に求められる役割について伺いました。
第二回は、きらり薬局 鎌取店の佐藤優さんです。現在34歳の佐藤さんは、在宅医療には2018年10月から関わり始めました。「在宅医療に従事したい」という思いから、10年務めたMRの仕事を離れ、現職へ転職したそうです。
今後必要とされる薬剤師は「在宅医療」と考え、転職を決断
最初に薬剤師を志した理由をお聞かせください。
佐藤もともとは有機化学を学ぶために大学に入りました。その中で、人の役に立ち、趣味と実益のバランスのとれた職業が薬剤師でした。
もともと在宅医療には興味がありましたか?
佐藤いえ、大学卒業後は、某製薬会社で10年ほどMRをしていました。立ち止まって、転職を考えたときに「今後必要とされる薬剤師」を自ら調べ、考えてみました。そこで「在宅医療」のニーズに気づきました。
そういった理由で、在宅医療の会社への転職を決めたんですね。新しい会社ではどのような業務を担当していますか。
佐藤在宅訪問すること自体にはあまり抵抗がありませんでしたが、そもそも薬剤師としての経験はゼロでしたので調剤業務に就くこと自体に不安がありました。
勤務する薬局は、患者さんの約8割が在宅医療です。在宅医療の場合、通常の調剤業務に加え、残薬調整、配薬・服薬指導の業務もあります。定期訪問以外の配薬も入ることがあるので、翌日のスケジュールを前日にFIXしています。残薬調整を行い、訪問計画を立てる必要があるので、施設に関しては担当制になっています。
局内での一日のスケジュールはどんな感じですか?
佐藤9時出勤で1時間の休憩をはさみ19時退勤が基本です。ただし、一日中、薬局にいる日はそんなに多くありません。処方が集中する月初めなどは残業もありますし、配薬のスケジュールで遅くなる日もあります。また4人の薬剤師で薬局のオンコール担当を交代で行っています。オンコールは1カ月のうち1週間ほど担当しています。
実際に在宅医療の現場を経験してみて、どんな感想を持ちましたか?
佐藤現在は、およそ50名〜60名の患者さんを担当しています。患者さんは、施設入居、家族と同居など、さまざまです。高齢者が中心ですが、施設で40代のALS患者さんもいます。
「毎日わからないことをわからないようにしない」と目標を定めて、コツコツ調べています。訪問前にロジカルに物事を考えても、想像を絶する生活環境や山ほどの残薬など、まったく想定できないことが日々あります。
最初こそ、不安を抱えていましたが、少しずつ患者さんのことを知ることで「なにか私がこの人にできることはないだろうか」と考えるように変わり、患者さんやご家族の方々に安心をお届けすることがやりがいと感じられるようになりました。
主な担当患者さん
80代男性 | 慢性疾患 サービス付き高齢者住宅 |
---|---|
70代女性 | 慢性疾患 有料老人ホーム |
70代男性 | 脳血管障害 奥様と2人暮らし |
80代男性 | 癌末期 ご家族と同居 |
40代男性 | ALS 社会福祉施設 |
在宅医療を経験して、難しかったことはありましたか?
佐藤初めての患者さんが、肺がん末期のおばあちゃんでした。服薬コンプライアンスや副作用の確認をしたのですが、まず、なにをどう聞くべきかまったくわかりませんでした。
薬の副作用も添付文書に載っている単語でお聞きしても理解してもらえません。一方的に聞いても「YES・NO」の回答になってしまい、患者さんにも笑顔はありませんでした。
現在の生活環境などをご家族から聞かなければいけないのですが、うまく説明できず、薬剤師としての自分自身のスキルの低さに落胆し何日か落ち込みました。しかし、何回か訪問するにつれて、ご本人、ご家族の本心を「理解」はできなくても「寄り添う」ことの重要性がわかりました。
その患者さんは、3カ月ほど経って、ご自宅で息を引き取られました。そのときに「痛みもなく、穏やかに旅立てた」とご家族から感謝の言葉をいただいたことを思い出すと今でも涙が出てきます。
在宅経験ゼロでも「患者さんのため」を思えるなら飛び込んできてほしい
薬剤師として多職種と関わることはありますか?
佐藤処方内容が変更になったときですね。特にメンタル系のお薬には気を付けています。鎮静剤が患者さんに合っているかどうかは、医師のほか、看護師、家族など一番近くで介護している方に聞くことが重要です。
また、患者さんに新しい薬が出た際、急配の必要性があるか、注意しています。特に癌末期の麻薬量は変わることがあるので、医師、看護師と連絡を取り合います。
認知症の周辺症状が現れ始めた際には、ケアマネジャーに連絡して今後どのように対応すべきか相談します。
在宅医療に関わって印象的なエピソードはありますか?
佐藤とある老人ホームでのことです。毎週お薬の配薬に伺うのですが、私が担当になる前、何度か担当者が変わっており、それぞれの患者さんがなにを服用しているかは記録上確認できるものの、どんな人なのか、性格や志向などの事前情報がない状態でした。
当初はたんたんと配薬と服薬指導を行っていましたが、私が担当訪問薬剤師である意味はなんだろうかと考え、積極的に患者さんに話かけるようにしました。しばらくするとそれぞれの方の性格や志向が分かるようになり、これまで訴えのなかった症状や言いづらかった悩みなど聞くことができました。
結果、必要のない薬剤を減薬でき、施設スタッフさんとの情報共有も多くなりました。今後は、より患者さんのライフスタイルに寄り添った医療を提供できるのではないかと思っています。
そういったことは、在宅医療のやりがいにもつながってきますか?
佐藤そうですね。在宅医療のやりがいは患者さんの薬物治療に積極的に関わり、改善できることでしょうか。普段から患者さんのご自宅に入って、ご本人の服薬コンプライアンス順守はもとより性格的なことや、日常生活の全般に携わる仕事です。教科書的に正解でも、実際は全く異なったアウトカムになることもあるので、経験から学ぶことが多いです。
逆に在宅医療現場での問題はどこにありますか?
佐藤認知症や精神疾患のため、ご自身の体調をうまくお伝えできない患者さん、内気な性格が原因であまりお話を好まない患者さんが一定数いらっしゃいます。そういったコミュニケーションが困難な患者さんから副作用情報などをどう聞き出すか、本人でなければ、ご家族、介護者からどう聞き取るかを考えなければいけません。
在宅医療で薬剤師はどのような役割だと思いますか?
佐藤私はまだ自身が薬剤師だと胸を張って言えるほどの身ではありませんが、「近所の薬に詳しい人」といった距離感で患者さんとコミュニケーションをとるようにしています。
在宅において薬剤師は在宅医療の一部でしかありません。医師、訪問看護師さん、ヘルパーさん、ケアマネジャーさんがさまざまな立場でその患者さんがより良い毎日を過ごせるように考えてくれています。
それぞれの置かれた立場で、ベストを尽くすということを考えられる薬剤師こそ今必要とされる薬剤師だと思いますし、残る薬剤師だと思います。実務としてはコミュニケーション能力が一定以上に必要かもしれませんね。
最後に、初めて在宅業務に従事する薬剤師の方に向けてアドバイスをお願いします。
佐藤「私のように薬剤師としての経験ゼロ、在宅経験ゼロでも、「目の前にいる患者さんのために一肌脱ごう!」と思える方にぜひ飛び込んできていただきたいです。私もこの仕事に従事する前にいろんな方から「在宅医療は大変だよ」「休みがないよ」などネガティブな情報を耳にし、不安でした。しかしやってみなければそのよしあしを判断することもできません。
私自身は悩む時間よりもまず飛び込んで体験することを選び、この経験をできたことに後悔はありません。患者さんが生活の中で困ったときに相談できる身近な薬剤師がいるという環境を一緒に広げていきましょう!
インタビューを終えて
大学卒業後、10年ほどMRを経験し、今後必要とされる薬剤師像を在宅医療に見出した佐藤さん。現在は、緩和認定薬剤師の資格取得を目指し、会社の方針でトレーシングレポートにも力を入れているとのこと。その姿勢から自分を鍛錬するストイックさを感じました。今はまだ慣れないかもしれませんが、患者さんを思う気持ちは誰よりも強い方だと感じました。
佐藤 優34歳
きらり薬局 鎌取店勤務(2018年10月入社)
新卒後10年間務めたMR職から「在宅医療に従事したい」と転身し、現職に至る。
日々、施設・居宅の在宅医療に従事し、オンコールも担当。