第6回:在宅医療のノウハウを広める「きらり薬局」のボランタリー事業
「患者さん(利用者さん)が24時間365日、自宅で『安心』して療養できる社会インフラを創る。」の理念を掲げ、2008年の創業時から在宅医療に取り組んできたHyuga Pharmacy(ヒューガファーマシー)。近年、医療の現場は病棟から在宅へシフトしていますが、「人手が足りない」「何から始めればいいかわらない」といった理由で在宅医療に本格的に取り組めない薬局もあるようです。
こういった環境を変えるべく、Hyuga Pharmacyでは2019年4月から、在宅医療における薬剤師業務の課題を解決する「ボランタリー事業」を始めています。
同社代表取締役の黒木哲史さんに、ボランタリー事業についてうかがいました。
▼前回までの記事
第1回「Hyuga Pharmacyにおける在宅への取り組み」
第2回「Hyuga Pharmacyが在宅に注力する理由」
第3回 在宅医療において薬剤師に期待すること
第4回 あいさつこそ在宅薬剤師に必要なスキルである!
第5回 5年後の在宅医療で薬剤師に求められるものとは?
2025年問題を解決するには他薬局との連携が必須
ボランタリー事業をはじめたきっかけを教えてください。
黒木 「きらり薬局」は24時間365日対応の在宅医療を掲げて創業したものの、軌道にのる過程で多くの課題を解決してきました(詳細は「第1回:Hyuga Pharmacyにおける在宅への取り組み」をご覧ください)。ハード面の整備や人員体制の見直しなど、薬剤師が無理なく働ける在宅医療の仕組みを構築でき、在宅のノウハウを蓄積してきた自負があります。もちろん、創業時に在宅への理念を明確にしたことで、在宅医療に興味のある薬剤師やスタッフを採用できたことも、スムーズな体制構築の大きな要因です。
当社の在宅への取り組みが知られ、数年前から、近隣の薬局から「夜間対応をサポートして欲しい」や、医師から「提携薬局が連休中の間はオンコールに対応してほしい」といった相談が舞い込むようになりました。その相談のボリュームが大きくなってきたので、事業化に踏み切ることにしたのです。
事業化に吹き切ったもう一つの理由が、2025年問題(超高齢化社会への対応)です。2025年までに在宅医療を社会インフラとして日本に広めるには、自社だけでなく、地域の他の薬局との協力が欠かせません。
「介護事業者とのコミュニケーションが不安」「正しく訪問服薬指導ができるのか」といったノウハウ、あるいは「人手が足りない」「1人薬剤師なので休日、夜間の対応ができない」という配置上の課題など、薬局が在宅医療に踏み切れない理由は多岐にわたります。
さまざまな理由で在宅医療を始めたくても始められない薬局にとって、幣社のノウハウやシステムが役に立つと考えました。
事業化にあたっては、当然、社内から反対やノウハウ流出危ぶむ声がありました。しかし、私がこの会社を設立した理由は「24時間365日の調剤インフラの実現」です。これからの薬局に在り方、当社の理念を達成するには、ボランタリー事業の実施は当然の流れ、と事業化を決めました。
Hyuga Pharmacy(ヒューガファーマシー)株式会社代表取締役の黒木哲史さん
在宅ノウハウを余すことなく公開 自社開発の薬情システムを貸与
ボランタリー事業のサービス内容について教えてください。
黒木 大きく、以下の5点です。
① 在宅ノウハウの研修
② 人材のシェアリングエコノミー
③ 自社開発の薬情システムを貸与
④ 医薬品納入価格の交渉代行
⑤ 医薬品デッドストックの買い取り
①の「在宅ノウハウの公開」は、当社が試行錯誤しながら培った知見を、Web動画や対面形式の研修で公開しています。遠隔診療の話や医科の点数、介護施設の種類や薬局へのニーズ、さらには労働分配率や利益率の試算など、経営に一歩踏み込んだ内容にも言及しています。「患者さんや医療・介護の担当者とコミュニケーションが取れるので、地域の担当者会議に出ましょう」というアドバイスもします。
研修の内容に忠実に取り組んだ鹿児島のとある薬局は、1カ月で顧客が10人も増えたと聞き、とてもうれしかったですね。現在は総合的な内容を網羅していますが、今後は連携薬局ごとに従業員研修を実施するといったことも検討中です。地域体制加算を取るには在宅の実績が必要ですから、どのようにすればいいかなど、営業支援も試験的に行っています。
②の「人材のシェアリングエコノミー」は、連携薬局のオンコールや臨時処方におけるマンパワーの提供。在宅医療を始める際の薬剤師の負担軽減が目的です。結果、薬剤師が安心して学会に出られたり、プライベートの時間が取れたりするなど、モチベーションアップにも寄与しています。
③の「自社開発の薬情システムを貸与」は、薬剤師業務の効率化や情報共有へのサポートです。書類作成業務、提出業務をICT化した「ファムケア『報告書』」と、患者さんが利用している施設のスタッフなど介護従事者が処方情報にアクセスできる「ファムケア『薬情』」の2種類の自社開発システムを貸与しています。例えば、ある患者さんや施設によって分包紙の幅や印字の仕方が異なる場合でも、システムで情報管理することで、従来のような担当者による細かい引継ぎが不要になります。
④と⑤の「医薬品納入価格の交渉代行」「医薬品デッドストックの買い取り」は、経営の負担軽減・改善を狙ったものです。とりわけ、薬の価格交渉は手間がかかり、小規模な薬局だと有利に話を進められないことも。基本的は当社の価格に合わせていただきますが、ほとんどのケースで単体の直接交渉より高い割合で割引が実現します。
多岐にわたる内容ですね。開始から1年が経ち、手ごたえはどうですか?
黒木 これまで約80社、155店舗の薬局と連携しており、手ごたえはありますね。利用しているのは1~2店舗の小規模薬局や20店舗ほどの中堅薬局が中心です。今後は経営改善も含めたコンサルの目線を取り入れるなど、内容をブラッシュアップする予定です。
さらに、ボランタリー事業の在宅医療における他薬局との連携と同時に、経営者間のコミュニティでもありたいと考えています。ですから、今後はボランタリー事業の参加者同士で助け合える仕組みも作りたいですね。たとえば、「きらり薬局」が出店していない地域でも、ボランタリーサービスの利用者が相互にサポートし合えるような仕組みです。むしろ、そういった体制が国のめざす地域包括ケアシムテムの本来の姿に近いのではないでしょうか。当社を頂点にしたピラミッド形ではなく、当社と連携薬局が互いに高め合えるフラットな関係をめざしています。
今後の展望をお聞かせください。
黒木 2030年までに10万人以上の在宅患者さんに薬が届く仕組みを自社とボランタリーで実現したいです。在宅医療に取り組む薬局が増えれば、地域医療における薬剤師の存在も濃くなりますし、そうすれば、世間での薬局の地位も高くなるはずです。当社の手がけるボランタリー事業が、そんな社会インフラを構築する基盤になればいいなと考えています。