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医療マンガで学ぶ薬剤師の矜持

更新日: 2021年10月19日 小原 一将

薬剤師が、薬剤師としていつもそこにいる理由-医療マンガで学ぶ|第三回-

マンガで学ぶ「薬剤師としていつもそこにいる理由」の画像1

2020年に放送されたテレビドラマ「アンサングシンデレラ」は大きな話題を呼びましたが、このドラマは病院薬剤師を主人公にしたマンガが原作です。医師や看護師が主人公のマンガは多くありますが、薬剤師という職種にスポットライトが当たることは珍しいので、皆さんの記憶にも残っているはずです。このマンガを読んで、薬剤師という職業を誇りに感じたり、日々の仕事にやる気が出た方も多いのではないでしょうか。

今回は、病理医を題材にした「フラジャイル 病理医岸京一郎の所見」を紹介します。「10割の自信を持って診断をする」という主人公岸の生き方や考え方は、さらなる成長を求められている私たち薬剤師にとって、学ぶべきことと忘れてはいけないことを示してくれます。

マンガで学ぶ「薬剤師としていつもそこにいる理由」の画像2

©恵 三朗・草水 敏/講談社

■今回のマンガ
タイトル:フラジャイル 病理医岸京一郎の所見
作者:恵 三朗 (著), 草水 敏 (原著)
主人公:病理医 岸京一郎
出版社:講談社
連載:2014年〜

病理医は、「病理解剖(剖検)」「組織診断(生検および手術材料)」「細胞診断」を主な業務として、病理診断をする専門の医師です。内科医や外科医といった臨床医とは異なり、患者さんと直に接することが少ないので、詳しくは知らない方もいるかもしれません。
病理医が他の医師よりも秀でているのは、”病気の総合的判断が可能である”ことです。その理由として、全診療科の検体を扱っている、剖検による全身の病態診断に慣れている、病理総論的見方を訓練されているために全身の臓器に共通した病変の概念を理解していることなどがあげられます1)

このような病理の舞台をテーマにした作品が「フラジャイル 岸京一郎の所見」です。顕微鏡を使って見える世界から診断を下し、医師たちを助ける病理医がどのように患者さんと関わり、治療と向き合っているかを知ることができます。

一見、薬剤師とは全く接点も関連もないように思えますが、病理医は「細胞」、薬剤師は「薬」といった臨床以外の視点からも治療に関わっている点や、全ての診療科を網羅してアプローチしている点は似ているところも多いと感じました。そして、主人公の岸の、科学的な考え方と人間味の溢れた一面が混ざった人柄から紡がれるストーリーは、私たち薬剤師の業務にもとても参考になります。

科学者であり、医療者であること~薬剤師の限界と役割〜

主人公の岸が働く壮望会第一総合病院に、がんの再発が見つかった作山紀子がやってきました。岸の見立てにより検査を行った結果、「リンチ症候群」であることが分かります。「リンチ症候群」とは、大腸がんをはじめとするがんの易罹患性症候群で、大腸のほかに子宮内膜、小腸、胃、卵巣、腎盂・尿管などにがんが発症しやすいとされています2)。紀子は、がんの転移により余命が長くないことに加えて、「リンチ症候群」は子や孫に遺伝する可能性があることも告げられます。そんな中、自身の治療ではなく、子や孫の”未来における選択肢”の助けにするために『オプジーボ』を試すことを決断します。
それらの治療を横で見ていた中学生の孫の作山郁は、書店である本を見つけました。担当医は教えてくれなかった希望ある情報(例:食事でがんが消える)がたくさん載っていたその本を、祖母に伝えてあげようと、郁は壮望会病院へ向かいます。そして、もしこの本が病院の本屋にも置いてあれば、ここに書かれた情報は間違いないと考えて本屋に入った郁は、そこで岸と出会って口論になります。医学的に根拠のないその本の情報を否定された郁は、自分の祖母を治せない医師や、治らないがん治療そのものを批判します。そんな郁に対して、岸は頭を深く下げてこのように伝えます。

マンガで学ぶ「薬剤師としていつもそこにいる理由」の画像3

©恵 三朗・草水 敏/講談社 フラジャイル15巻 P168

目の前の死に瀕した患者に何も提示できない。それは有効な治療法を作れていない僕たち医者と医学者全員の責任だ。インチキ医療がはびこるのもそれが原因だ。力及びませんでした。

主人公の岸は、横暴・横柄・自分勝手なキャラクターとして描かれていますが、こと治療や患者さんに対しては決して手を抜くことなく、自分にできることをやれるだけ行います。同僚の医師から「患者さんを見なくても良い」と揶揄されるシーンもある病理医ですが、目の前に患者さんがいるかどうかとは関係なく、病理医としての自らの職務を果たそうとしている姿勢を感じた一コマです。

薬剤師の役割は、薬剤師法第一条にこのように書かれています。
“薬剤師は、調剤、医薬品の供給その他薬事衛生をつかさどることによつて、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。”3)

つまり、調剤や服薬指導は目的ではなく手段であり、国民の健康の保持と増進に貢献していくことが目的です。ただ、日常の業務でいくら努力を続けていても限界はあります。全ての患者さんに満足のいく支援をして、納得のいく結果に繋がるとは限りません。

薬事衛生をつかさどり、国民の健康を保持することが役割である薬剤師は何ができるのか、を考えている中、この岸のセリフとシーンは心に響きました。私たちは薬のプロフェッショナルとして専門的な治療を支援することが可能です。しかし、物理的にも経済的にも、必ずしも満足のいく支援ができないこともあります。そのような中、自身の限界を知り、その責任を感じて頭を下げることができるかどうか、科学者であり医療者でもある私たち薬剤師が考えるべき姿勢の一つであると思います。

薬局や病院に行けば同じ薬剤師がいるという意味

『オプジーボ』も効かず、治療の可能性がなくなった祖母の側にいることが耐えられず、郁は緩和ケア医で祖母の担当医でもある稲垣のもとを尋ねます。その日、病院で一晩を過ごした郁は、別の入院患者の家族から「どうしようもなく辛い時は稲垣の所に来る」と聞かされました。自分と同じ境遇にあるその家族と会話をして、最期を看取ってくれる、緩和ケア医の稲垣ならいつでも思いっきり頼ることができると気付き、また来ても良いかと尋ねると、稲垣はこのように返事をします。

また、いつでも来て。僕は病院(ここ)にいるから

フラジャイル16巻 P91

とても普通のシーンに見えると思います。しかし、私たちの人生には一人では立っていられない瞬間があります。その時に、寄りかかることができる人がいるというのはとても幸せなことかもしれません。大切な家族の死という辛い出来事に向き合うために、寄りかかることができる場所を作っておくこと、これは私たち薬剤師にもできることであり、とても大切なことだと感じました。

私は引っ越しの経験も多く、地域に根ざした薬剤師のような活躍はできていません。しかし、私がいる薬局には、いつも私に会いに来てくれる患者さんがいます。「お前がいるからここに来る」という暖かい言葉をいただいたこともあります。

この稲垣の言葉のように、頼りたい人がいつも同じ場所にいてくれるということは、自分や家族の病気で辛い思いをされている患者さんにとって、非常に重要であると思います。

薬剤師は、自分でお店でも開いていない限り、薬局や病院の都合で職場が次々と変わることもあるでしょう。同じ人が同じ薬局や病院にいることが全てではありませんが、変わらないサービスと同じ笑顔で迎えてくれるお店や薬剤師がそこにあることも、私たちが考えるべき重要なことであると考えます。

地域に誠実さが伝わる薬剤師になろう

バカ正直に長年続けることを誠実って言うんですよ

フラジャイル5巻 P182

薬局はコンビニよりも多いと言われることがあります。実際に、2019年度末時点で薬局は60,000軒を超えており4)、55,620軒のコンビニ5)よりも多いです。ここに、病院やクリニックを加えると、日本には本当に多くの薬剤師がいて、その中には、目立たないけれども長年その地域を支え続けている薬剤師もたくさんいます。

こうした薬剤師たちの活動は、岸の言う”誠実さ”となって地域や患者さんに伝わるはずです。何か困ったり、辛いことがあったりした時は、きっとその患者さんは会いに来てくれるでしょう。それが本当の意味でのかかりつけであり、地域に貢献できる薬剤師の、ひとつの理想の姿だと思います。

1)一般社団法人 日本病理学会
2)がん研有明病院
3)薬剤師法
4)厚生労働省 令和元年度衛生行政報告例の概況
5)日本フランチャイズチェーン協会

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小原 一将
こはら かずまさ

薬剤師/株式会社sing代表取締役
2009年京都薬科大学を卒業後、様々な保険薬局で勤務。薬剤師の価値をもっと社会に届けたいと考え、2019年12月に株式会社singを設立。「頼れる薬剤師が身近にある社会をつくる」をビジョンとして、薬剤師の教育や新しい働き方の支援を行っている。
Apple製品好きであり、薬剤師の業務や医療の発展に活用できないか日々考えている。

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