「薬歴」は、医薬分業が始まった当初からあった?
「薬歴」は、医薬分業が始まった当初からあった?
一人の薬剤師の思いから生まれ、調剤報酬に組み込まれたのは1986年4月の改訂
患者さん一人一人の薬歴を作成することは、今や薬局の業務のひとつとして当たり前となっていますが、元々は佐谷圭一氏という一人の薬剤師が、患者さんの健康被害を防ぎたいという思いで独自に始めた取り組みでした。
「薬歴」というものが存在しなかった時代に、一から薬歴の構想を練り、全国の薬局へその有用性を発信したことで、1986年4月の調剤報酬改訂で「薬剤服用歴管理指導料」が新設されました。
「薬剤服用歴管理指導料」の変遷
1956年:医薬分業法が施行された時点では、薬局の診療報酬は調剤料のみだった
1963年:佐谷圭一氏が薬局を開局し、顧客ごとにOTC薬のカルテを作成し始める
1975年:佐谷圭一氏が薬歴の実施について発表
(全国の薬局で導入、その有用性が評価される)
1986年:5点(薬剤服用歴管理指導料が新設)
1988年:8点
1990年:11点
1993年:15点(初回来局時でも算定可能に)
1994年:21点
1996年:30点
1998年:32点
2000年:22点
2002年:17点(「重複投与・相互作用防止加算」や「服薬情報提供料」が加算、「麻薬指導加算」が新設)
2006年:22点(「薬剤情報提供料2」と統合)
2008年:30点(「服薬指導加算」と統合され、後期高齢者とそれ以外の年齢で分かれた)
2010年:30点(「後期高齢者薬剤服用歴管理指導料」が廃止)
2012年:41点(「薬剤情報提供料(15点)」と統合、算定要件に手帳記載が追加、「乳幼児服薬指導加算」が新設)
2014年:41点(お薬手帳を持っていない場合は34点)
2016年:50点(6ヶ月以内の再来局かつ、お薬手帳を持っている場合は、38点に下がるようになった)
2018年:53点(6ヶ月以内の再来局かつ、お薬手帳を持っている場合は、41点に下がるようになった)
2020年:57点(3ヶ月以内の再来局かつ、お薬手帳を持っている場合は、43点に下がるようになった)
「薬歴」誕生のきっかけ
1961年、大学を卒業した佐谷圭一氏は、薬局研修のために都内の薬局へ就職しました。佐谷氏は乱視があったため、就職してすぐに眼鏡を購入します。そして一年後、眼鏡が壊れたため、同じ眼鏡店を訪れ検査を受けると、「以前より乱視が進んでいるのでレンズを換えるべき」と店主から言われました。
その眼鏡店では顧客ごとにカードを作成しており、佐谷氏の一年前の検査結果も記録されていたため、そのデータに基づき店主はアドバイスを行っていたということです。
現在では当たり前なこのことが、当時の佐谷氏には衝撃的な出来事で、ここから「薬歴」の構想が生まれた、とされています。
1963年、自身の薬局を開局した佐谷氏は、眼鏡店の顧客カードを参考にして「薬歴」の構想を練ります。開局当時、佐谷氏の薬局で処方箋は一枚も応需できていなかったため、OTC薬の販売を行う中で「薬歴」を作成しました。
OTC薬を販売する際に、医療用医薬品との重複や相互作用の確認を行い、販売記録をつけていく。処方箋薬を基準として、OTC薬との相互作用等を考える現在とは真逆の発想から「薬歴」は始まったのです。
当時の海外の「薬歴」事情
1975年、佐谷氏はアメリカの薬業事情の視察のためにロサンゼルスやサンフランシスコの薬局を訪れました。そこで「アメリカの薬局の薬歴事情」を尋ねると、当時のアメリカに「薬歴」というものが存在しないことがわかりました。
1976年には、フランス・ドイツ・オーストリア・スイス等を訪れ、各国の薬局でも「薬歴」について尋ねましたが、「薬歴」が存在する国はひとつもなかったそうです。どの国も日本より先に医薬分業が始まっていたにも関わらず、「薬歴」が存在しない。「日本は分業では後進国だが、薬歴では先進国になれる」と佐谷氏は胸を張って視察の報告をしたそうです。
「薬剤服用歴管理指導料」ができるまで12年
1974年、日本薬剤師会の常任理事になった佐谷氏は、より早く薬歴を普及させるために、厚生省(当時)に「薬歴料」を調剤報酬に組み込んでほしいと相談します。当時の調剤報酬は、「薬局の施設管理料」と「調剤料」のみで、薬剤師の専門性を評価するものはなかったのです。
このとき、佐谷氏の要望に対して厚生省が出した条件は「処方箋を受け付けている薬局の1割以上が薬歴を実践すること」でした。薬歴管理実践に向けて、佐谷氏は全国を行脚されたそうですが、オンラインで簡単に全国の薬局が繋がる現代とは違い、当時の環境下で全国の薬局へ、しかも「薬歴」という未知のものをアピールすることは、相当な苦労があったと思います。
その条件を達成するために12年もの歳月を要しました。が、その努力が実って1986年4月の調剤報酬改訂で、「薬剤服用歴管理指導料(5点)」が新設されるに至りました。この「薬剤服用歴管理指導料」は、35年経った2021年の現在も続いています。
「薬歴」に記載するべき事項
「薬歴」には紙媒体と電子媒体のものがあり、薬局ごとに書き方のルール等があると思いますが、記載するべき事項は定められています。
また、2020年9月1日施行の薬機法施行規則及び薬剤師法規則の改定により、「服薬指導の要点、指導した保険薬剤師の氏名、患者の氏名と年齢、情報提供・指導を行った年月日」は法律上の記録すべき事項となりました。
薬剤服用歴管理指導料 通知1通則の(4)
(4) 薬剤服用歴の記録薬剤服用歴は同一患者についての全ての記録が必要に応じ直ちに参照できるよう患者ごとに保存及び管理するものであり、次の事項等を記載し、最終記入日から起算して3年間保存すること。なお、薬剤服用歴への記載は指導後速やかに完了させること。
ア 患者の基礎情報(氏名、生年月日、性別、被保険者証の記号番号、住所、必要に応じて緊急連絡先)
イ 処方及び調剤内容等(処方した保険医療機関名、処方医氏名、処方日、調剤日、調剤した薬剤、処方内容に関する照会の要点等)
ウ 患者の体質(アレルギー歴、副作用歴等を含む)、薬学的管理に必要な患者の生活像及び後発医薬品の使用に関する患者の意向
エ 疾患に関する情報(既往歴、合併症及び他科受診において加療中の疾患に関するものを含む。)
オ 併用薬(要指導医薬品、一般用医薬品、医薬部外品及び健康食品を含む。)等の状況及び服用薬と相互作用が認められる飲食物の摂取状況
カ 服薬状況(残薬の状況を含む。)
キ 患者の服薬中の体調の変化(副作用が疑われる症状など)及び患者又はその家族等からの相談事項の要点
ク 服薬指導の要点
ケ 手帳活用の有無(手帳を活用しなかった場合はその理由と患者への指導の有無)
コ 今後の継続的な薬学的管理及び指導の留意点
サ 指導した保険薬剤師の氏名
薬機法施行規則「調剤された薬剤の販売等」
第十五条の十四の三
法第九条の三第六項の規定により、薬局開設者が、その薬局において薬剤の販売又は授与に従事する薬剤師に記録させなければならない事項は、次のとおりとする。
一 法第九条の三第一項、第四項又は第五項の規定による情報の提供及び指導を行つた年月日
二 前号の情報の提供及び指導の内容の要点
三 第一号の情報の提供及び指導を行つた薬剤師の氏名
四 第一号の情報の提供及び指導を受けた者の氏名及び年齢
2. 薬局開設者は、前項の記録を、その記載の日から三年間、保存しなければならない。
先輩からのひとこと
「薬歴」が存在しない状態で、どうやって服薬指導を行っていたのか不思議に思うほど、今や「薬歴」は必要不可欠なものです。
処方箋だけでは判断できないことも、「薬歴」を確認すれば的確な判断ができる場合があります。継続して記録を残しているからこそ「薬歴」はその有用性を発揮します。
一人の薬剤師が眼鏡店を利用したことがきっかけで生まれた「薬歴」が、現在も評価され続け、その存在を当たり前のものにしている。
「お薬手帳」と同様に、患者さんへの健康被害を防ぎたいという薬剤師・薬局の思いから生まれた「薬歴」の有用性を改めて見直してみてはいかがでしょうか。
日経メディカル「薬歴未記載は起こるべくして起こった」