ドネペジルで意欲の低下は改善するか?認知症とうつ症状の関係や注意点を解説
寄せられた質問に専門医が回答する人気動画「千葉悠平のお悩み相談 by Docpedia」を記事でも読めるようにしました。今回のテーマは「ドネペジルの意欲低下改善」についてです。専門的な知見をもとに解説します。
回答する医師 千葉悠平
積愛会 横浜舞岡病院医師 認知症疾患医療センター 副センター長・医学博士・医学博士・精神保健指定医・日本精神神経学会専門医 指導医・日本認知症学会専門医 指導医・中小企業診断士・YUAD代表
ドネペジルで意欲の低下は改善するか?
今回の質問は、以下の通りです。
80代前半のアルツハイマー型認知症患者で、抗認知症薬は現在投与していません。重症度は軽症から中等症程度ですが、最近になり抑うつ状態、意欲の低下が出現するようになりました。アルツハイマー型認知症患者はアセチルコリンの低下によりこうした意欲の低下などが出現することがありますが、ドネペジルを投与することで症状改善は期待できますか?
質問への回答として、認知症患者にみられる精神症状に対し、薬をどのように使用していくのかを解説していきます。
解説に入る前に押さえておきたいポイントとして、このような症例において「低活動性せん妄の有無」は必ず確認するようにしましょう。そうしたリスクが少ない患者に対して、ドネペジルの使用が意欲低下の改善につながるかどうかをみていきます。
病理学的変化と関係する疾患について
まずは病理学的変化による影響と、引き起こされる疾患について確認します。
| 病理学的変化 | 影響 | 関係する疾患 |
| NbMの変性・萎縮 | ACh供給減少、認知機能低下 | AD、DLB |
| 神経原繊維変化(NFT) | コリン作動性ニューロンの脱落 | AD |
| NGF経路の障害 | コリン作動性神経の機能低下 | AD |
| Aβの蓄積 | コリン作動性シナプス障害 | AD、DLB |
| PET/MRIでの異常 | NbMの萎縮、AChE活性低下 | AD、DLB |
NbM:マイネルト基底核、NGF:神経成長因子
参照:Hampel H, Mesulam MM, Cuello AC, et al. Revisiting the Cholinergic Hypothesis in Alzheimer's Disease: Emerging Evidence from Translational and Clinical Research. J Prev AlzheimersDis. 2019;6(1):2-15
アルツハイマー型認知症(AD)やレビー小体型認知症(DLB)では、アセチルコリン(ACh)の減少が認知機能の低下に深く関わっています。この背景にあるのが、マイネルト基底核(NbM)の変性・萎縮であり、コリン作動性神経からのACh供給が減少することで、結果として認知機能が低下します。
そのためドネペジルのようなAChの減少を抑える薬は、これらの病態に対して有効です。
さらにマイネルト基底核以外にも、神経原繊維変化や神経成長因子(NGF)経路の障害、アミロイドβ(Aβ)の蓄積といった複数の要因が重なり、AChが減少すると考えられています。
認知症でのうつ状態の頻度
認知症患者におけるうつ状態の発生頻度は、以下のように報告されています。
| 大うつ病性障害の診断率 | |
| 認知症全体 | 15.9%(95%信頼区間12.6-20.1%) |
| アルツハイマー型認知症 | 14.8%(95%信頼区間11.5-19.1%) |
認知症の進行(初期、重度)で、うつ病の発症率に優位な差はありません。
ただし、進行すると精神症状自体の評価は難しくなってくるため、せん妄が合併していないかという点には注意が必要です。
BPSDに対応する向精神薬ガイドラインより
認知症患者にうつ症状をはじめとするBPSD(認知症の行動・心理症状)がみられる場合、どのように対応すべきかについて、ガイドラインで示されている治療のアルゴリズムを確認していきましょう。
引用元:かかりつけ医・認知症サポート医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版)
薬物治療に進む前には、いくつか確認すべき事項があります。まず重要なのは、前述の通り「せん妄の除外」です。さらに、BPSD症状を引き起こす可能性のある薬物の使用についても確認する必要があります。特に抗コリン作用を有する薬は原因となることがあるため注意が必要です。
本人やご家族に薬物治療の目的や内容を説明し、同意を得た上で治療を開始していきます。コリンエステラーゼ阻害薬などを使用し、それでも改善がみられず抗うつ薬を検討する場合も、ご家族に説明しながら治療を進めていくことが大切です。
ドネペジルのうつ状態、意欲低下に対する効果
実際にドネペジルがうつ状態、意欲低下といったBPSDに対してどの程度効果があるのかを確認しましょう。
引用:針谷 康夫、東海林 幹雄 老年精神医学雑誌(0915-6305)30巻6号 Page610-617(2019.06)
ドネペジルは抑うつやアパシー、不安に効果があるとされています。リバスチグミンもアパシーや不安の改善傾向が報告されており、こうした症状があるケースでの使用は問題ありません。
これらの薬を使用中は慎重な経過観察が必要ですが、比較的副作用が少なく、使用経験も豊富であることから、実臨床で試してみることは妥当であると考えられます。
ドネペジルの副作用
しかし、ドネペジルにはさまざまな副作用も報告されていますので、その点を理解しておく必要があります。
優位にみられる副作用としては、Anorexia/Decreased Appetite(食欲減退)が挙げられ、食事関連のリスクが高い傾向にあります。また、下痢や吐き気などの消化器症状にも注意が必要で、高齢者では体力低下につながる可能性があります。Depression(うつ)を引き起こすことがあるため、精神症状への影響も留意しましょう。
先ほどドネペジルが抑うつ症状に対して改善効果を示すことをお伝えしましたが、一方でDepression(うつ)のリスクも報告されており、その理由についても続けて解説していきます。
アセチルコリン( ACh)と抑うつ状態の関係について
ドネペジルと抑うつ症状の関係を考える上で、アセチルコリン(ACh)と抑うつ症状に関する代表的な2つの仮説を押さえておきましょう。
①気分障害におけるcholinergic-adrenergic 仮説
AChが過剰だとうつ状態、ノルアドレナリン(NA)が過剰だと躁状態を引き起こすという仮説。
慢性的なストレスを受けることにより、hypothalamic-pituitary-adrenal(HPA) axis (※)を介してAChが上昇し、うつ状態に至ります。(気分障害では、セロトニンやドパミン(DA)の影響も大きい。)
※HPA axis=視床下部―下垂体―副腎皮質をつなぐ伝達経路
②パーキンソン病におけるcholinergic仮説
パーキンソン病では、DAとAChのバランスが崩れることで、症状が形成されてくるという仮説。
DAが減少すると相対的にAChの影響が強くなり、振戦や筋固縮が悪化します。(抗コリン薬によって、抗パーキンソン作用を認めることがある。)
また、DA減少によりAChのバランス変化が起こるとうつ状態やアパシーを引き起こす可能性も。そのため、ドパミン賦活薬を使うことでバランスが改善し、うつや不安が改善する場合があります。(ただし、パーキンソン病に伴う認知機能低下では、大脳皮質や海馬のAChニューロンも変性し、AChの不足が生じる。)
参考:Miloš Mitić, Tamara Lazarević-Pašti. Does the application of acetylcholinesterase inhibitors in the treatment of Alzheimer's disease lead to depression?. Expert Opin Drug Metab Toxicol. 2021;17(7):841-856
この2つの仮説から考えられることとして、変性疾患ではAChを含むコリン系神経が複雑に関与しているため、単に「AChを増やせばよい/減らせばよい」というわけではないということです。
重要なのはAChとDAのバランスを整えることであり、時にはドーパミンの賦活をすることで精神症状の改善が期待できる場合もあります。