「悲しい再会」-悪性腫瘍を患った30代女性との思わぬ再会-
「M3メンバーズメディア」では医師会員から寄せられた記事の一部をご紹介します。今回からシリーズとして、「心に残る症例」をテーマにエピソードをご紹介したいと思います。薬剤師の先生方も、いつまでも印象に残る症例、患者さんとの想い出があるかと思います。中には仕事の在り方を考えさせられるかもしれないエピソードもあるかもしれません。日々のお仕事にプラスの変化となるような、「気づき」を感じてもらえたら幸いです。
M3メンバーズメディア」では医師会員から寄せられた記事の一部をご紹介します。今回からシリーズとして、「心に残る症例」をテーマにエピソードをご紹介したいと思います。薬剤師の先生方も、いつまでも印象に残る症例、患者さんとの想い出があるかと思います。中には仕事の在り方を考えさせられるかもしれないエピソードもあるかもしれません。日々のお仕事にプラスの変化となるような、「気づき」を感じてもらえたら幸いです。
P.N.ブラック・エイト
大学を卒業後、整形外科に所属し、かつ病理学教室で学位をとる研究をしていました。病棟では主に骨、軟部腫瘍の患者さんを、指導医の元で担当し、と同時に、病理解剖も執刀医の指導を受けながら行っていました。
―ウィッグをつけた美しい女性
もう30年位も前のことなので、詳細は覚えていませんが、30代の女性で、大腿骨腫瘍、多分、軟骨肉腫だった思います。当時はまだ患肢温存が主流ではなかったので、化学療法と広範囲切除か患肢切断を実施され、術後は、遠方の居住地から、大学に定期的に通院されていました。
とても綺麗な方で、ケモの副作用による脱毛のため、ウイッグを付けておられました。お話しをされると「何々でのー、」と訛りがあり、そのギャップにとても驚いたことを覚えています。
指導医の脇で書き番をしていましたから、直接お話しをすることはあまりなかったので、表面的にしか分かりませんが、診察中、決して泣いたり、暗い顔をされたりすることはなく、いつも、穏やかな表情をされていた記憶しかありません。厳しい説明なども多かったはずだと思いますが。
しばらくして、カルテの名前(姓)が変わっていることに気づいて・・・、看護師さん情報で、離縁されたことを知りました。悪性腫瘍の嫁の存在は、世間体が悪く、また家族の結婚にも支障があるからとのことでした。まだ小さな子供さんもいらしたのに。同じ女性として、信じられない現実で、とても憤慨しました。男尊女卑というか、そんな因習がまだ残っていることに驚きました。
それでも彼女は、元気に通院しておられましたが、残念ながら肺転移が見つかり、整形外科を離れ、肺切除を受けられたと聞きました。
―思わぬ再会
その後の様子がわからないまま、どうされているだろうと思いながらも日々の仕事に追われていた頃、解剖依頼があり、まさにその方が解剖台に横たわっていました。
まず、遺体の橈骨動脈に触れ、間違いなく亡くなられている事を確認、合掌、それからメスを取って・・・、涙があふれて、しばらく手が動きませんでした。
院生の間に50例以上病理解剖をさせて頂きましたが、生前から面識のあった方は、彼女以外いません。まして、発症から治療、そして術後と長い間関わり、どんなにか辛い、厳しい日々を送られたことかよく知っていたからです。そして最後を迎えられた。
医者としてもまだ経験が浅く、それ以前に人間としてもまだ未熟だった、そんな時代の私が出会った、今も忘れられない患者さんです。