「語られないエピソード」―検査で異常が認められない男性の肉眼的血尿 ―
「M3メンバーズメディア」では医師会員から寄せられた記事の一部をご紹介します。今回からシリーズとして、「心に残る症例」をテーマにエピソードをご紹介したいと思います。薬剤師の先生方も、いつまでも印象に残る症例、患者さんとの想い出があるかと思います。中には仕事の在り方を考えさせられるかもしれないエピソードもあるかもしれません。日々のお仕事にプラスの変化となるような、「気づき」を感じてもらえたら幸いです。
M3メンバーズメディア」では医師会員から寄せられた記事の一部をご紹介します。今回からシリーズとして、「心に残る症例」をテーマにエピソードをご紹介したいと思います。薬剤師の先生方も、いつまでも印象に残る症例、患者さんとの想い出があるかと思います。中には仕事の在り方を考えさせられるかもしれないエピソードもあるかもしれません。日々のお仕事にプラスの変化となるような、「気づき」を感じてもらえたら幸いです。
―肉眼的血尿、しかし、検査異常なし
大学で泌尿器科医として15年ほど経験をつんだ頃、出張先の後輩から電話連絡があり、48歳の男性で無症候性肉眼的血尿を主訴に来院し、膀胱鏡検査、KUB、上部尿路造影、CT、動脈造影など一通り検査しても診断がつかない例があり一度診てほしいとの相談を受けた。
紹介されて来院した男性は某大学の英文学教授であり、尿路悪性腫瘍を大変心配しておられた。
持参した画像を見ても確かに異常がないし、検尿でも異常を認めない。患者と相談の上、とりあえず英国への出張から帰国したら再診しようということにした。
約1か月後に来院したときに話を詳しく聞くと、英国でも一回肉眼的血尿があったがすぐに止まったという。そしてその時の話から久しぶりの婦人同伴旅行であり、血尿は性生活直後に現れたことを聞き出した。そこで早速次回診察に来る前夜に性生活をしてから来てもらうことにした。
―鑑別は・・・
来院時には血尿はわずかであったが、膀胱鏡で注意深く尿道内を見ながら挿入していくと、精丘部にほぼ一致して血管腫様で一部乳頭上隆起があり、易出血性であった。その部を見ながら直腸へ挿入した指で前立腺部を強く圧すると視野が真っ赤になるほど出血した。
そこで後日入院し、麻酔下にその部を切除鏡で切除し十分凝固止血した。組織には悪性所見は認められず、出血と血管怒張を伴う乳頭状変化であった。
それ以降83歳で心筋梗塞により亡くなるまで一度も血尿は出ず、出版した多くの英文学翻訳書を贈呈していただき、その都度感謝の言葉が添えられた。
なお性交後の肉眼的血尿で時に凝血による尿閉を起こす例もあり、私も2例の尿閉例を経験している。この2例でも膀胱鏡挿入時に尿道内を観察すると、いずれも精丘近傍に前例と同様の所見を認め、切除鏡により切除するとその後血尿はなくなった。もちろん病理組織学的にも悪性所見は認めなかった。
これらの例に共通していることは、問診時に「性交後の血尿」ということを口に出して訴えてくれず、「突然の肉眼的血尿」だけを訴えることである。確かに患者さんの立場で考えると、「性交後に血尿が出た」ということは口に出しづらい。中高年の突然の無症候性肉眼的血尿では、第一に尿路悪性腫瘍を考えるべきであるが、このような例もあることを忘れず、問診時に十分注意すれば、検査も必要最小限ですむはずである。
一度でも臨床的に経験すれば、Male post-coital hematuriaとして記憶に残るが、泌尿器科医でも遭遇する機会は多くなく、まして他科の医師ではほとんど知らないであろう。悪性腫瘍でないこともあり、忘れられたころに話題になるが、古くは1977年に、福岡で泌尿器科病院として有名な原三信病院の原三信先生が、Prostatic Caruncleとして21例をまとめて報告(Journal of Urology, Vol.117,303~305)しているのは流石である。