緩和ケアにおいて薬剤師さんに望むこと~ある緩和ケア認定薬剤師を通して再考する~
緩和ケアに携わる薬剤師に聞く、薬剤師としてのやりがい
この連載では、緩和ケアの治療現場の様子や患者さんとの関わり方などについて、実際に緩和ケアに携わる医師の立場からお伝えしています。今回は少し目線を変えて、緩和ケアに従事する薬剤師の方にお話をうかがいました。その話から、緩和ケアにおける薬剤師の役割について考えてみましょう。
私は京都にある「あそかビハーラ病院」の緩和ケア病棟(独立型28床)の顧問を務めています。今回、お話をうかがった加藤晋一郎さんは、この病院で働く唯一の専従薬剤師。院長の大嶋健三郎先生をはじめ医師や看護師からの信頼も厚く、なにより患者さんやその家族から頼りにされています。
加藤さんは、神奈川県横須賀市生まれの38歳。北海道薬科大学を卒業後、道内にある化学療法のみの急性期病院に就職しました。その病院は緩和ケア認定看護師はいたものの、緩和ケアに従事する医師は不在。そこで加藤さんはみずから勉強会を開催し、孤軍奮闘します。その後、緩和ケアの学びを深めたいと神奈川県の「湘南中央病院」緩和ケア病棟へ。そこで大嶋先生と出会い、その縁で大嶋先生があそかビハーラ病院の院長に就任したのを機に、同院へ赴任。2014年には緩和ケア認定薬剤師を取得しました。
幅広い視野をもって最適な薬物治療を追求
高宮 緩和ケアにおける薬剤師の専門性は何だと思いますか?加藤 患者さんの身体的な背景を理解しつつ、客観性に基づいて判断することでしょうか。例えば、過去に化学療法を実施して、手のしびれ感をもっているかもしれないし、肝機能や腎機能の障害、脱水などでも薬剤の選択は変わってきます。また、緩和ケア以外のすべての薬物治療にまで視野を広げて判断します。もちろん医師が見逃している点があれば指摘もします。特に薬剤の相互作用、特殊病態下での薬物動態の変化など、個々に適した使用薬剤の選択と、投与量の設定を行っています。安全かつ最大限の効果が得られるよう症状・効果・副作用のアセスメントを行うことが重要だと考えています。
高宮 オピオイドをはじめ、症状緩和に対する薬剤を安心して服用できる環境を維持するために、加藤さんが心がけていることは何でしょう。加藤 患者さんに納得して飲んでもらうためには、信頼を得ることが重要です。それには、成功体験をつくるのが一番。例えば「眠気は出ますが3日くらいで軽減します」と伝えたうえで、抗うつ薬のリフレックス®を服用してもらいます。そして、毎日患者さんのベッドサイドを訪れて病状を細かくチェックする。そこで最初に伝えた通りの結果が出れば、「成功体験」として患者さんに記憶されますから、薬剤師への信頼に繋がるのです。
高宮 なるほど。薬剤というツールを用いて信頼関係を築いていくのですね。では「あそかビハーラ病院」における薬剤師の役割は何だと思いますか。加藤 「あそかビハーラ病院」には医師、薬剤師とも他科の診療科スタッフがいないので、他科の薬剤に対する知識が不足しています。ですから、適切に安全に安心して使用できるよう、医薬品情報を提供しています。また、オピオイドを含め、新たな薬剤が次々に発売されており、その情報も随時伝えるようにしています。
高宮 薬剤のプロとして幅広い知識がある薬剤師は医師にとっても心強い存在でしょうね。ところで、緩和ケアは身体だけでなく、心理的、社会的、スピリチュアルケアがキーワードですが、薬剤師としてどのように向き合っていますか。加藤 緩和ケアとは、心理社会的な問題やスピリチュアルな問題をケアするのが原則なので、薬剤師も当然それと向き合わなければなりません。ただし、「スピリチュアルケアを行うぞ!」という意気込みで患者さんのもとを訪問するのではなく、日常の服薬指導や症状アセスメントを行う際の「丁寧な対応」がスピリチュアルケアに繋がると考えています。「この薬剤師になら・・・」と患者さんが心を開き、語ってくださる物語は、私が最後まで責任をもって引き受ける気持ちで向き合っています。
また、自室で患者さんと一緒に酒を酌み交わしたり、有名な喫茶店のモーニングを二人で楽しんだり、バイクツーリングに同伴したりということもありました。「聞く」「居る」「共感する」「希望を支える」がスピリチュアルケアに繋がると確信しています。人間として患者さんに関われば、薬剤師であっても全人的ケア、スピリチュアルケアに関わっていることになるのです。
薬剤師は医師・看護師と患者の家族の隙間を埋める役割も
高宮 「医療従事者」対「患者」ではなく「人間」対「人間」の関わりということですね。では、薬剤師が家族のケアに関わる必要はあると思いますか。加藤 「緩和ケアとは、患者とその家族に対して――」と言われているとおり、薬剤師にとってご家族のケアは欠かすことができません。薬剤に対して不安があればご家族へも説明しますし、安心して患者さんの側にいられる雰囲気をつくります。もちろん、患者さんの苦痛を緩和すればご家族の苦痛も緩和されます。また、急変時、医師はアセスメント、看護師は処置にと意識を向けますが、そこでご家族の気持ちが置き去りにされないように支えることも、薬剤師の仕事だと思っています。医師や看護師と、ご家族との間にできた隙間を薬剤師が埋めているという意識です。
高宮 では最後に、特に印象に残る患者さんとのエピソードを教えてください加藤 そうですね、前医にてタルセバ®を服用していた肺がんの男性のことはすごく心に残っています。その方は、タルセバの副作用による顔面ざ瘡様皮膚炎が放置された状態で入院されました。普通のステロイド軟膏だと軟膏塗布による改善には1ヶ月以上は必要で、予後の期間を考えると厳しい状況でした。しかし、ご家族が「少しでも元のきれいな肌になってくれたら」と希望されたため、デルモベート®+亜鉛華軟膏による重層塗布療法を医師へ提案したのです。5日後に男性患者が退院する際、皮膚炎はある程度改善されてご家族も大変喜ばれました。薬剤師として医師とのコミュニケーションも重要ですし、患者さんの将来を予想しながら、服薬のアドバイスを行うことを大切にしています。
高宮 加藤さんが化学療法に長年従事し、習得した副作用対策が、患者さんや家族の満足度に寄与したのですね。緩和ケアは、患者の病期によらず横断的な関わりが重要であると改めて考えさせられました。本日はどうもありがとうございます。いかがでしたか。薬剤師の目線から見る緩和ケアの話は、医師である私にとって大変興味深いものでした。20数年前、昭和大学で緩和ケアチームを始めた頃は、薬剤師は調剤室にこもっていました。しかし、近年は次第に病棟に進出し、医療チームの新たなパートナーとなりつつあります。ただし、薬の専門家として知識を持っているだけでなく、加藤さんのように医師や看護師と横断的に関わってその専門性を発揮し、患者さんやその家族と人間対人間として関わっていくことが重要です。それによって薬剤師の負担が増えるかもしれませんが、その先にはやりがいや温かみといった“人生のギフト”が待っています。さらに、薬剤師という職業を通して、人生の意味や役割を感じる機会があるかもしれません。これからも、薬剤師が医療チームの要として力を発揮することを願っています。
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