Pharma Techは薬剤師の業務を進化させるのか?奪うのか?
薬局向けのシステムやアプリケーションが多数リリースされ、ICT化が急速に進む薬剤師業界。最終回では、再びPharma Tech領域のカオスマップを俯瞰で眺めながら、この領域の未来像や今後の課題についてお話したいと思います。
Pharma Techカオスマップ
カオスマップの見方や、各カテゴリーの解説は第1回をご覧ください。
Pharma tech領域の未来像
電子薬歴のデータが薬剤師の通信簿になる?デジタル薬が保険適応されると処方せん発行が減る?
そんな未来がすぐそこまで来ているかもしれません。
今回私たちは、薬局を取り巻くIT化・デジタル化を視覚的に、俯瞰的に捉えることができるように、カオスマップを作成しました。その目的は第1回でも触れましたが、システムやアプリケーションに対する理解を深め、ツールを選択しやすくし、薬局のIT化・デジタル化を推進することです。しかしそれは目先のことだけではなく、近未来を想像し、テクノロジーの進歩を上手に取り入れるための意識の醸成を図ることが真の目的です。
さて、冒頭で述べた刺激的な問いについて説明していきましょう。
電子薬歴のデータが薬剤師の「通信簿」になる!?
最近、「DX」という言葉を目にする機会が増えたのではないでしょうか。DXは、デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)の略です。「略ならDTじゃないの?」と疑問に思った方はネットで検索してみてください。経済産業省の「DX推進ガイドライン(2018年)」によるとDXとは、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義されています。
このDXはPharmaTech業界でも広がっており、電子薬歴に蓄積されたデータを使って、新たな知見が生み出されつつあります。
例えば、薬歴作成の時間、文字数、言葉遣いなどから、望ましいパフォーマンスの傾向を知ることができます。また、レセコンデータと掛け合わせて、薬剤師AさんとBさんの薬歴文章(=患者コミュニケーションの内容)と新患におけるリピート率を算出するとか、インシデント分析と掛け合わせて、二人が調剤した内容とヒューマンエラーの傾向を分析するといったこともできるのです。
このようにDXの考えを薬剤師のパフォーマンス分析に用いれば、さながら薬剤師の通信簿ができてしまうかもしれません。当然、患者さんの行動分析や薬物療法のアウトカム分析にも応用できます。
デジタル薬では処方箋が発行されない可能性も!?
続いてデジタル薬ですが、現在多くの製薬メーカーや医療ITのスタートアップがその開発に力を入れています。現在日本で承認されているものはキュア・アップ社の禁煙補助治療アプリですが、今後は生活習慣病、精神疾患、不眠、発達障害などの領域で続々とデジタル薬が登場することが予想されます。そして、開発のキーワードは「Beyond the pill=医薬品を超えて」です。デジタル薬は安価に開発が可能で、患者さんのもつ様々な悩みにより寄り添った解決法を実現できることから、医療のDX化のキーになる技術のひとつです。クリニックでデジタル薬が処方され、その場でスマホにインストールし自宅に帰ってしまうとしたら、処方せんが発行されなくなるかもしれません。Beyond the pillではなくBeyond the pharmacyとなってしまっては薬剤師もうかうかしていられません。これは極論ではありますが、多くのデジタル薬は処方薬との併用ですので、少なくとも薬局で飲み薬の説明とともにアプリの使い方を指導することは必須になっていくでしょう。
このようにこれまでの概念を大きく変えかねないPharma Techを薬剤師の仕事を進化させるツールとして捉えて、自分たちの業務を見直していく時期に来ているのかもしれません。
Pharma tech領域の今後の課題
【課題1】Pharma Tech活用の科学的根拠
Pharma Techの導入目的については第2回で触れましたが、以下のようなものがありました。
- 患者の医療アウトカムの増大
- 患者の利便性向上
- 薬局の業務効率化やエラー低減
- 薬局の経営改善
自施設をIT化・デジタル化させる目的によってシステムやアプリケーションを選ぶという視点が大事だとお伝えしました。しかし残念ながら現時点では、これら4つの科学的根拠が十分ではありません。Pharma Techを活用することで副作用が早期発見されたり、調剤の待ち時間が減ったり、作業時間が短縮されたり、お客様が増えたりといった成果はあくまで理論上のことです。裏付けが十分ではない今、薬局経営者や現場スタッフはPharma Techの導入自体をまだ懐疑的に捉えているかもしれませんね。
したがって、Pharma Techがもたらす便益を裏付ける根拠を作り上げていくことが今後の課題のひとつです。開発側のメーカーやベンダー、ユーザーである薬局、時には大学も一体となり、現場から実践報告を出していくことが必要です。学会発表や論文投稿の敷居が高いのであれば、SNSやYouTubeでもいいのです。システムやアプリケーションの上手な使い方、その成果をユーザー目線でたくさん発信していきませんか?
ユーザー一人ひとりの声が開発側のヒントになったり、他のユーザーの困りごとを解決したりします。そうしてPharma Tech活用の声がたくさんあがることで、科学的根拠が生み出されていくのではないかと思います。
【課題2】薬剤師のITリテラシー向上
もう一つ課題があります。それは薬剤師のITリテラシー教育です。
ワードやエクセルが使えるという意味ではなく、パソコンやインターネットの仕組みや情報セキュリティーに関する基礎的な知識が必要です。ようするに、電子お薬手帳を使いこなせるだけではなく、同時に個人情報の漏洩防止についても知っておかなければならないというわけです。社内のシステム担当者がいれば良いという時代ではなくなりました。現場にいるすべての人に最低限のリテラシーと情報倫理が求められると思います。
ここで薬剤師であるみなさんにおうかがいします。ITリテラシーに関する学習をいつ、どこで、どの程度してきましたか?
私たちが全国の薬学部のシラバスを調査したところ、調査可能な68大学のすべてにIT関連科目が設置されていました。「え、大学でそんな勉強したっけ?」とか「私の学生時代にはそんな科目はなかった!」という声が聞こえてきそうです。
ただ、95%の大学が1年次の科目であること、学習内容が限定的であること(例えば、大学のネットワークへの接続、電子的なレポートの提出、論文検索の仕方など)、ITの専門家ではない教員が指導していることなども調査からわかってきました。これらを踏まえると、十分なITリテラシー教育がなされているとは言い難いでしょう。
ITリテラシーが必要と言うのは簡単ですが、ちょっととっつきにくい分野ですよね。ですから、薬剤師個人がもっと気軽にこの領域の学習ができるような機会であったり、大学教育における科目の充実を図ったりすることが必要だと思います。システムベンダーが薬剤師向けのセミナーを開催する、Pharma Techに詳しい薬剤師が大学で授業を担当する・・・いろいろなアイデアが出てきそうです。
ちなみに個人的に勉強したいという方は、情報技術者試験の入門的資格である「ITパスポート」をチェックしてみてください。
供給過多の未来に備え、薬剤師としての価値を高める必要がある
4月26日に厚生労働省「第8回薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会」にて、2045年までの薬剤師の需給推計案が公表されました。2045年には最大で12万6,000人が過剰になるとの見通しです。ただしこの推計には薬局や医療機関のIT化・デジタル化は十分に加味されていません。ですので、実際には供給過剰はもっと深刻かもしれません。
そんな厳しい時代で選ばれる人材になるためには・・・。
専門性を高めたり、プラスアルファの薬学以外の専門性を身につけたりして、選ばれる薬剤師を目指すもよし、。薬剤師ではない道を選択するもよし。すなわち縦横全方位に自分の価値観を広げて、生存確率を高める必要があるということです。薬剤師のキャリアデザインという観点からもPharma Techは無視できないと思いませんか?
これまで3回に渡ってPharma Techの世界を覗いてきましたが、いかがでしたでしょうか。
薬剤師の業務を進化させ、医療の質を高める可能性を秘めたPharma Tech。一方で薬剤師の仕事を奪いかねないテクノロジーをどう味方につけるか。今まさに、組織レベルでも個人レベルでもPharma Techとの向き合い方が問われているのではないでしょうか。
本コラムは私と土井氏の初陣です。Pharma Techへの関心を広め、この領域の課題を乗り越えるために、今後も様々な情報発信をしていきたいと考えています。コラムへの感想やご意見、一緒に活動してくださる方を心より歓迎いたします。
なお、Pharma Techについてより詳しく知りたいという方は、第6回日本薬学教育学会大会 にて私と土井先生のシンポジウムが、第15回日本ファーマシューティカルコミュニケーション学会大会 では土井先生の基調講演がありますので、是非足をお運びください。
3回のコラムにお付き合いいただき、ありがとうございました。