在宅薬剤師のためのフィジカルアセスメント

更新日: 2022年12月19日 田中 嘉尚

薬剤師真希子によるフィジカルアセスメント~アルツハイマー型認知症~

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薬剤師は薬の専門家としてベッドサイドで患者さんの適正な薬物療法に貢献することが求められます。患者さんに最適な薬物療法を実践するなかで、薬剤師が患者さんの状態を把握することは、特にリスクの高い薬剤を中心に副作用の防止、あるいは早期に発見し重篤化を防止することが重要と考えられます。そのためには、症状や必要に応じて脈拍や血圧などのバイタルサインの測定や、触診、視診といったフィジカルアセスメントによって患者さんから直接的に情報を得る行為が不可欠となります。

※薬剤師によるフィジカルアセスメントはどこまで許されるのか?については、こちらを参照して下さい。

アルツハイマー型認知症と現病歴

狭心症・高血圧

アルツハイマー型認知症と診断された経緯

80代女性。1年ほど前から前日のことを忘れるようになった。通帳や大切なものをしまい忘れが目立つようになり、ものが見つからない時に夫のせいにする。結婚した娘さんのところに何度も電話してくるが、前にかけてきた内容を覚えていない。

買い物へは行くが、同じものを大量に買い冷蔵庫内で腐らせてしまう。料理もレパートリーが減り3日続けて同じ料理を作った。最近好きで通っていた絵画教室に色々な理由をつけて行かなくなった。

認知症スクリーニング検査(MMSE):23/30
時間の見当識1/5、場所の見当識5/5、記銘3/3、集中・計算5/5
再生0/3、言語8/8、構成1/1

診察場面では、今日は何月何日ですか?の問いに対し、「えーっと何月でしたっけ?」と夫のほうを振り返って尋ねる。今日は新聞もテレビも見てこなかったからと言い訳する。

アルツハイマー型認知症の症例

夫によると、訳もなく叩く、引っ掻く、かみつく、物を投げるといった行動を起こす。また夜間に「しんどい」と訴えるが、本人は認知症のため、次の日になると忘れているという。訪問時の血圧は120/70mmHgと正常であったが、血圧手帳を確認すると、85/55mmHgと夜間低血圧の疑い

アルツハイマー型認知症の処方薬

ドネペジル塩酸塩口腔内崩壊錠5mg 1錠 分1 朝食後
オルメサルタン メドキソミル口腔内崩壊錠10mg 2錠 分2 朝夕食後
ファモチジン口腔内崩壊錠10mg 2錠 分2朝夕食後
アスピリン腸溶錠100mg 1錠 分1朝食後
アムロジピンベシル酸塩錠5mg 1錠 分1 朝食後

セレコキシブ錠100 mg 2錠 分2 朝夕食後
レバミピド錠100 mg 2錠 分2 朝夕食後
センノシド錠12 mg 2錠 分1眠前
酪酸菌配合剤錠 3錠 分3毎食後

薬剤師真希子のアルツハイマー型認知症の症例Point

☞Point 1

ドネペジルの投与開始初期に、精神症状が現れることがあり、減量提案

☞Point 2

H2受容体遮断薬(ファモチジンなど)を高齢者に使用すると認知機能障害の報告があり、中止もしくはプロトンポンプ阻害剤(PPI)への変更提案

☞Point 3

夜間低血圧の疑いがあることから、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)のオルメサルタンを1錠分1朝食後へ減量提案

薬剤師真希子のアルツハイマー型認知症の症例Point解説

ドネペジルの投与開始初期に、焦燥感、多弁、興奮などの精神症状が現れることがあります。これは脳内のアセチルコリン濃度上昇により、興奮症状の発現が考えられます1)このような症状の多くは一時的ですが、介護継続が困難な場合には、一時的にドネペジルの減量や中止をご検討ください2)

H2受容体遮断薬(ファモチジンなど)は、高齢者投与により認知機能低下とせん妄リスクがあります。この場合、中止もしくはプロトンポンプ阻害剤(PPI)への変更が望ましいとされています3)PPIに認知機能低下は認めませんでしたが、認知症患者さんに肺炎発症リスクが89%上昇した報告があります4)。PPI変更後には肺炎を起こさないよう注意が必要です。

夜間低血圧が疑われる場合は、ARBのオルメサルタンを2錠分2朝夕食後から1錠分1朝食後へ減量提案するのも良いでしょう。

1)増元康紀ら:老年精神医学雑誌,12, 65-70(2001)[ART-0401]
2)丸木雄一:クリニシアン, 48, 1156-60(2001)[ART-0632]
3)日本老年医学会の「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」
4)Journal of the American Geriatrics Society誌2017年7月号

アルツハイマー型認知症のトレーシングレポートを書いてみよう

【処方内容】(患者情報、薬剤師名、医師名等省略)

ドネペジル塩酸塩口腔内崩壊錠5mg 1錠 分1 朝食後
オルメサルタン メドキソミル口腔内崩壊錠10mg 2錠 分2 朝夕食後
ファモチジン口腔内崩壊錠10mg 2錠 分2朝夕食後
アスピリン腸溶錠100mg 1錠 分1朝食後
アムロジピンベシル酸塩錠5mg 1錠 分1 朝食後

セレコキシブ錠100mg 2錠 分2 朝夕食後
レバミピド錠100mg 2錠 分2 朝夕食後
センノシド錠12mg 2錠 分1眠前
酪酸菌配合剤錠 3錠 分3毎食後

情報提供の内容

夫に対し、叩く、引っ掻く、かみつく、物を投げるといった行動を起こすようです。夜間に「しんどい」と訴えますが、認知症の為次の日になると忘れています。訪問時の血圧は正常でしたが、血圧手帳を確認したところ夜間に88/55mmHgと低血圧が疑われました。

薬剤師からの提案

以下の薬剤の中止、変更及び減量等をご検討お願いします。

  • ドネペジルの減量又は中止
    叩く、引っ掻く、かみつく、物を投げるといった精神症状はドネペジルの副作用と考えられるため。
  • ファモチジン(H2受容体遮断薬)の中止もしくはPPIへの変更
    ファモチジンに認知機能低下とせん妄リスクがあるため。
  • オルメサルタンを1錠1日1回朝食後への減量
    夜間低血圧(夜間:88/55mmHg、日中:120/70mmHg)の疑いがあるため。

※トレーシングレポートは以下の情報を記載しましょう。

  • 日付
  • 情報提供先の医療機関および医師名
  • 情報提供元の保険薬局の名称・住所・電話番号
  • 保険薬剤師名
  • 患者氏名・性別・生年月日
  • 処方薬・併用薬や服薬状況など必要な情報
  • 情報提供の内容
  • 薬剤師からの提案

アルツハイマー型認知症で押さえたい4つの知識

アルツハイマー型認知症は65歳以上の人では最も多い認知症の一つです。認知症は脳の病気や障害など様々な原因により、認知機能の低下、日常生活全般に支障をきたす状態をいいます。

  1. (1) 症状 ― 新しく記憶できず、体験そのものを忘れる
    記憶の薄れ、物忘れが起こります。記憶力低下以外にも、判断力の悪化、物事の段取りがうまくいかない、日付や時間、自分がいる場所、部屋の間取りがわからないなどの見当識障害、言葉が出てこないので「あれ」「それ」などの代名詞が増える、お金の計算ができないなど様々な症状が現れます。

    このような症状がいつとなしに始まり、少しずつ進行していきます。加齢による物忘れと認知症の違いについて以下の表で示します。
在宅薬剤師のためのフィジカルアセスメントの画像
  1. (2) 検査 - 海馬萎縮が目立ち、脳内にアミロイドβが蓄積
    頭部MRI検査で側頭葉の内側にある海馬や海馬傍回(かいばぼうかい)、扁桃体(へんとうたい)などの萎縮が目立ちます。脳血流SPECT検査では、両側の側頭葉、頭頂葉や後部帯状回に血流低下を認めます。脳内のアミロイドβを画像化するPET検査で、前頭葉や後部帯状回、楔前部にアミロイドβの蓄積が認められます。
  2. (3) 経過 - 発症してもしばらくは自立した生活が可能
    アミロイドβ蓄積などの脳内変化は症状が出る20年以上前から進んでいます。発症してからの全経過が10年を超えることも少なくありません。発症後も認知症とは非常に長い間付き合っていかなくてはなりません。症状が出ても初期のうちは、軽いもの忘れ程度で、日常生活に支障はありません。大事なことも自分で判断でき、家族と話し合いをすることも可能です。

    しかし病気が進み、もの忘れがひどくなると、スケジュールやお金の管理が難しくなり、家族や親しい人のサポートが必要となります。やがて、着替えや入浴、排せつなども困難になり、日常生活を共に送るには家族や介護職による介助が欠かせなくなります。

    最終的には歩行や会話も難しくなりますが、この段階に至るのは発症してからだいぶ先のことです。
  3. (4) 治療薬で認知症進行を遅らせることが可能
    アルツハイマー型認知症を完全に治す薬はありません。しかし、進行を遅らせる薬があります。また回想法や音楽療法、現実見当識訓練などの非薬物療法を行うことで、身体機能や認知症によって生じた周辺症状の改善も期待できます。周辺症状に対しては抗不安薬や抗精神病薬、睡眠導入剤などが用いられますが、まずは非薬物療法を行ったうえでの対応となります。

薬剤師真希子のこれからの薬剤師に必要な認知症Point

薬局薬剤師は認知症の早期発見の窓口
認知症患者さんが1,000万人時代と言われている現在、国が推進しているのは、認知症の早期診断と治療です。つまり軽度認知障害者を早期発見しケアすることです。

しかし、早期発見は難しいです。なぜならば高齢になれば物忘れは特別なことではないので、なかなか施策を打ち出せず模索が続いてしまいます。

私は薬局薬剤師が軽度認知障害者の発見窓口になれると考えています。その理由は認知機能に問題がある方は、薬剤管理が苦手で薬をきちんと飲めていない、あるいは薬がまだ十分にあるはずなのに薬を取りに来ることなどが多いからです。薬局薬剤師は、そのような患者さんによく遭遇することが多い気がします。

このような患者さんに気が付いたら認知症を疑い、医師への受診をすすめてみてはいかがでしょうか。

監修:吉田真希子

共立薬科大学薬学部を卒業後、6年間保険薬局薬剤師を経験。現在は子育てしながら病院薬剤師15年目になります。ポリファーマシー解決に取り組み、認知症委員会で認知症やせん妄患者さんに対する薬の投与計画や全職員に向けて薬の教育に力を入れています。

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田中 嘉尚
たなか かなお

1999年3月徳島文理大学薬学部卒業後、臨床治験モニター、医療ライター、病院薬剤師、保険薬局薬剤師を経験。現在病院薬剤師をしながら、フリーライターをしています。
ITに興味があり、前職の病院で恩師との出会いにより「副作用発現リスク精査表」を開発し、特許を取得。現在も共同研究中です。
フリーライターになろうと思ったきかっけは、恩師が現役著者で論文や学会誌などの文書の書き方をご指導頂いたことが影響しています。
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