薬剤師紗希と学ぶフィジカルアセスメント ~高齢者糖尿病➀~
薬剤師は薬の専門家としてベッドサイドで患者さんの適正な薬物療法に貢献することが求められます。患者さんに最適な薬物療法を実践するなかで、薬剤師が患者さんの状態を把握することは、特にリスクの高い薬剤を中心に副作用の防止、あるいは早期に発見し重篤化を防止することが重要と考えられます。そのためには、症状や必要に応じて脈拍や血圧などのバイタルサインの測定や、触診、視診といったフィジカルアセスメントによって患者さんから直接的に情報を得る行為が不可欠となります。
※薬剤師によるフィジカルアセスメントはどこまで許されるのか?については、こちらを参照して下さい。
高齢者Ⅱ型糖尿病と現病歴
軽度認知障害、手段的ADL※1低下(基本的ADL※2は自立)、高血圧
※1 手段的ADL(日常生活能力);買い物、食事の準備、服薬管理、金銭管理など
※2 基本的ADL;着衣、移動、入浴、トイレの使用など
高齢者Ⅱ型糖尿病の症例
78歳の男性、約20年前に健康診断にて糖尿病を指摘され近医受診、通院を開始、その後内服薬が開始。3年後にHbA1cが9.6%と悪化し、大学病院へ紹介受診し、精査加療のため入院。入院中にインスリン併用を開始、退院後も継続。
インスリン投与は70歳頃まで継続していたが、徐々に軽度認知症障害とADL低下が現れ、妻との高齢者世帯であり、コンプライアンスを考慮し現在内服のみで継続中。自己血糖測定は行っていない。内服薬の管理は妻が行っている。以前低血糖症状の経験はあるが、ここ数年はない。腎機能低下の指摘を受け、他院で腎臓外来も受診している。
妻によると、急に空腹感を催す、食事摂取量のバラツキが認められ、いまひとつ活気がない、時々ふらついていることがあるという。
現在の検査所見
身長165cm、体重60kg、BMI22.04、腹囲78cm、血圧130/55mmHg、脈拍 65回/分 、空腹時血糖値 92mg/dL、HbA1c6.4%、空腹時血中CPR 3.2ng/ml(インスリン自己分泌あり※3)eGFR 50mL/分/1.73m2、SCr 1.2mg/dL
※3血中CPRを測定して糖尿病のタイプを推測(糖尿病ガイドラインより引用)
高齢者Ⅱ型糖尿病と現病歴の処方薬
グリメピリド錠1mg 1錠 分1 朝食後
メトホルミン塩酸塩錠250mg 3錠 分3 毎食後
シタグリプチンリン酸塩水和物錠100mg 1錠 分1 朝食後
オルメサルタン メドキソミル口腔内崩壊錠 10mg 1錠 分1 朝食後
ピタバスタチンカルシウム水和物錠2mg 1錠 分1 朝食後
薬剤師紗希による高齢者糖尿病の症例Point
☞Point 1
糖尿病、78歳高齢、過去低血糖症状の経験、腎機能低下、SU剤服用が低血糖リスク因子
☞Point 2
DPP4阻害薬(シタグリプチリン)とSU剤(グリメピリド)の併用で低血糖リスクが増加
☞Point 3
グリメピリドの中止もしくは減量提案
薬剤師紗希による高齢者糖尿病の症例Point解説
症例の患者さんは高齢で、ADL低下が認められ、腎機能低下、糖尿病治療薬(SU剤)を服用していることから、低血糖を誘発するおそれがあり、これにより認知機能の低下や意識障害などの重篤な症状を招く原因になります。
糖尿病治療薬のSU剤グリメピリドは低血糖リスクが高く、さらに選択的DPP4阻害薬シタグリプチンとの併用により低血糖リスクが増加1)します。グリメピリドの中止提案を検討して下さい。しかし、やむを得ず継続が必要な場合は減量するか、グリメピリドより作用時間が短く、遷延性低血糖リスクの少ないSU剤グリクラジド2)への変更提案を検討して下さい。
高齢者糖尿病のトレーシングレポートを書いてみよう
【処方内容】(患者情報、薬剤師名、医師名等省略)
グリメピリド錠1mg 1錠 分1 朝食後
メトホルミン塩酸塩錠250mg 3錠 分3 毎食後
シタグリプチンリン酸塩水和物錠100mg 1錠 分1 朝食後
オルメサルタン メドキソミル口腔内崩壊錠10mg 1錠 分1 朝食後
ピタバスタチンカルシウム水和物錠2mg 1錠 分1 朝食後
【情報提供の内容】
奥様によると、 最近空腹感があり、食事摂取量のバラツキが認められ、いまひとつ活気がない、時々ふらついていることがあるそうです。軽度認知障害とADL低下、HbA1c 6.4%、腎機能低下により、低血糖症状を引き起こす可能性があります。重篤な低血糖症状を引き起こさないために、処方薬の中止又は減量のご検討お願い致します。
【薬剤師からの提案】
以下の薬剤の中止又は減量等をご検討お願いします。
- グリメピリドの中止
低血糖リスクが高いため
- グリメピリドの減量(中止ができない場合)又は低血糖リスクの少ないSU剤グリクラジドへの変更
シタグリプチンと併用する場合に低血糖リスクが増加するおそれがあるため
病態の知識
高齢者糖尿病で押さえたい5つの知識
-
(1)薬物療法の注意点
- ① 副作用が現れやすい
薬は主に腎臓や肝臓で代謝されて便の中に排泄されます。しかし、高齢になるにつれ腎臓や肝臓の機能が低下していきます。また糖尿病性腎症によっても腎臓の働きが悪くなります。その結果薬の成分が体内に蓄積しやすくなり、副作用が現れやすくなります。 - ② 糖尿病以外のお薬を服用していることが多く相互作用のチェックが必要
糖尿病以外の病気をかかえている高齢者が多く、その治療のための薬も服用しているため、相互作用のチェックも必要です。そして薬の種類と量が増え、飲み間違い、飲み忘れなどの頻度が高くなります。 - ③ 自己注射(インスリン療法)に慣れるまで時間がかかる
視覚障害のために単位数を合わせられない、あるいは手の震えのために注射器具を扱いにくい、といった問題も生じます。
- ① 副作用が現れやすい
-
(2)高齢者の低血糖
- ① 高齢者の低血糖は症状が現れにくい
低血糖が起きると通常は冷や汗をかいたり、動悸がしたり、手足が震えたりしますが、高齢者ではこれらの症状が現れにくく、そのために対処が遅れ、重症の低血糖になることがあります。これは加齢による自律神経障害によるものと考えられています。 - ② 低血糖と判断しにくいありふれた症状が多い
高齢者の低血糖症状としては、眠い、ふらふらする、ボーっとする、など、低血糖状態とは判断しにくいありふれた症状が多い傾向があります。そしてこのような症状が現れているときに立ち上がろうとして、転んでしまい頭を打ったり骨折したりする危険性も潜んでいます。
- ① 高齢者の低血糖は症状が現れにくい
-
(3)高齢者糖尿病の合併症
- ① 合併症のために他疾患の発見が遅れる
糖尿病性網膜症により視力が低下すれば、患者さん自身で足のチェックを毎日行うことが難しくなります。これにより足の潰瘍や壊疽がおきる可能性があります。また糖尿病性末梢神経障害により痛みを感じにくい状態では、その危険性は高まります。さらに狭心症や心筋梗塞の症状が感じにくくなり、重症になるまで治療の機会を逃す可能性もあります。 - ② 高齢者糖尿病の合併症で痴呆やうつ疾患が特に多い
いろいろな病気の頻度が高齢者では高くなりますが、近年では糖尿病と痴呆やうつ関係がクローズアップされてきています。どちらも糖尿病とどの程度関係があるのか、まだはっきりしていませんが、糖尿病でない人と比較し、少しその頻度が高いことが報告されています。
- ① 合併症のために他疾患の発見が遅れる
-
(4)高齢者の脱水
- 高齢者の脱水は頻繁に起こる
高齢になるにつれて、喉の渇きを感じにくくなることがあります。そのために体内の水分が少なくなり、高血糖状態でも気付かずに、脱水状態になってしまうことがよくあります。
- 高齢者の脱水は頻繁に起こる
-
(5)高齢者Ⅱ型糖尿病の血糖コントロール目標値
高齢者糖尿病の血糖コントロール目標の基本的な考え方は、以下の通りです。- ① 血糖コントロール目標は患者さんの特徴や健康状態:年齢、認知機能、身体機能、併発疾患、重症低血糖のリスク、余命などを考慮して個別に設定。
- ② 重症低血糖が危惧される場合は、目標下限値を設定し、より安全な治療を行う。
- ③ 高齢者では②の目標値や目標下限値を参考にしながらも、患者中心の個別性を重視した治療を行う観点から、下図に示す目標値を下回る設定や上回る設定を柔軟に行うことを可能とした。
図 高齢者Ⅱ型糖尿病の血糖コントロール目標値3)
薬剤師紗希によるこれからの薬剤師に必要な高齢者糖尿病Point
実は薬剤師自身が健康管理できていない人が多い
糖尿病の患者さんに対して「またそんなものを食べたのですか」や「お酒を飲むのはダメです」と簡単に言ってしまいがちですが、実は薬剤師自身も同じような生活をしている人が結構多いです。自身の日ごろの生活習慣と血糖変動との関係を確認してみて下さい。
その結果を踏まえて、食事・運動習慣介入、介入前との血糖変動の違いを確認、生活習慣改善による効果を体感することも大事です。こうした体験の前後で、薬剤師の糖尿病患者さんに対する生活指導にも変化をもたらします。患者さんもお薬について信用できるか薬剤師をじっくり観察いるかもしれませんよ
参考文献
1) ジャヌビア錠/グラクティブ錠の添付文書
2) 2 型糖尿病薬物治療における低用量グリクラジドの有用性―速効型インスリン分泌促進薬あるいは他のSU薬からの切り替え症例による検討, J. Japan Diab. Soc. 51(3):221∼225, 2008
3) 高齢者糖尿病の血糖コントロール目標について
監修:横山 紗希
福岡大学薬学部卒業後5年間急性期病院に勤務し、糖尿病チームの一員として外来や病棟での療養指導に尽力。現在はケアミックス病院にて他職種と連携し、ポリファーマシー解消に日々取り組んでいます。