在宅薬剤師のためのフィジカルアセスメント

更新日: 2023年5月21日 田中 嘉尚

糖尿病患者の57%がシックデイの経験あり。その認識度は?

【在宅薬剤師向け】糖尿病のシックデイの認識度についてメインの画像1

薬剤師は薬の専門家としてベッドサイドで患者さんの適正な薬物療法に貢献することが求められます。患者さんに最適な薬物療法を実践するなかで、薬剤師が患者さんの状態を把握することは、特にリスクの高い薬剤を中心に副作用の防止、あるいは早期に発見し重篤化を防止することが重要と考えられます。そのためには、症状や必要に応じて脈拍や血圧などのバイタルサインの測定や、触診、視診といったフィジカルアセスメントによって患者さんから直接的に情報を得る行為が不可欠となります。

※薬剤師によるフィジカルアセスメントはどこまで許されるのか?については、こちらを参照して下さい。

高齢者Ⅱ型糖尿病と現病歴

高血圧、脳幹出血、脂質異常症、逆流性食道炎

高齢者Ⅱ型糖尿病の症例

68歳脳幹出血により下半身不随の男性。奥様がお薬管理をしている。20年前に糖尿病を発症し、インスリンで血糖管理されている。風邪(微熱、鼻水、のどの痛み)を引いたとのことで、風邪薬が処方され訪問。訪問時の体温は37.1℃食欲はさほどおちていない。念のため主治医から渡された、シックデイルール1)を確認した。

シックデイ時の緊急対応について

風邪を引いて体調が悪い時、食欲がなく食事ができないときなどをSick Day(シックデイ)と呼びます。

  1. 食欲がないとき、食事は食べられるものを1日3回摂るようにします。食欲がさほど落ちていないときは、シックデイでは逆に血糖値が高くなりやすいので、いつもどおり腹8分目を心がけます。
  2. 水分(お水やお茶など)を十分にとって脱水を防ぎます。
  3. 食欲がない、熱が高い、吐き気が強い、下痢などが3日以上続くときは、すぐに病院を受診します。
  4. 食事が摂れないとき、自己血糖測定器にて毎食事前に血糖測定をします。血糖値にあわせて、以下の表のように注射をします。
血糖値 インスリン注射 単位
350mg/dL以上 インスリン アスパルト +6単位
250mg/dL~350 mg/dL インスリン アスパルト +4単位
250mg/dL以下 インスリン アスパルト +2単位

訪問時の検査所見

血圧136/86mmHg、脈拍 70回/分 、血糖値226mg/dL(平熱時の血糖値と変わらず)

高齢者Ⅱ型糖尿病と現病歴の処方薬

インスリン アスパルト(遺伝子組換え)注フレックスタッチ
       1日3回毎食直前(朝12単位、昼10単位、夕12単位)
ランソプラゾール口腔内崩壊錠15mg 1錠 分1 朝食後
テルミサルタン錠40mg 1錠 分1朝食後
アムロジピンベシル酸塩錠10mg 1錠 分1 朝食後
クロピドグレル錠75mg 1錠分1朝食後

<追加処方>
セフカペンピボキシル塩酸塩錠100mg 3錠分3 毎食後 5日分
デキストロメトルファン臭化水素酸塩水和物錠15mg 3錠分3毎食後 5日分
アセトアミノフェン錠200mg 2錠 頓服 発熱・疼痛時 5回分

薬剤師紗希によるシックデイルールの症例Point

☞Point 1

シックデイについて、主治医から指導があったかを患者さんまたはご家族に確認

☞Point 2

熱、下痢、吐き気、食欲不振の確認

☞Point 3

血糖値 226mg/dLで食欲はさほど落ちていないが、インスリン注射の単位について主治医に疑義

薬剤師紗希によるシックデイルールのPoint解説

糖尿病患者さんが何か不意の病気にかかると、ふだんはしっかり血糖コントロールできても、血糖値が乱れ、急性合併症が起こりやすくなります。このような状態をシックデイ(病気の日)と呼び、糖尿病の療養生活上、特別な注意が必要な日と位置付けられています。

今回の症例は薬剤減量または中止とまではいたりませんでしたが、糖尿病患者さん自身が感染しやすいので、薬剤師もシックデイ時は、注意をして観察しましょう。

糖尿病患者さんやご家族によっては、シックデイについて説明は受けたものの、忘れている可能性があります。今回の症例のようなチェックシートが記載されていればわかりやすいですが、ない場合は、主治医や訪問看護師などに再度確認しましょう。

熱や下痢、吐き気、脱水がある場合は血糖値を確認しましょう。もし3日以上下痢や吐き気、熱が上がるようなら主治医に相談するよう伝えましょう。

インスリン注射の投与量については、食事量が2/3~1/2なら普段の2/3程度のインスリン量、半分以下の食事量でも1/4~1/2程度のインスリン量は必要なことが多いです。しかしシックデイ時のインスリン量は糖尿病患者さんそれぞれの病状によりかなり異なります。調子の良いうちに、主治医の先生とどう対応するかよく相談し、指示をもらっておきましょう。

シックデイルールを確認したことをトレーシングレポートに書いてみよう

【処方内容】(患者情報、薬剤師名、医師名等省略)

インスリン アスパルト(遺伝子組換え)注フレックスタッチ
       1日3回毎食前(朝12単位、昼10単位、夕12単位)
ランソプラゾール口腔内崩壊錠15mg 1錠 分1 朝食後
テルミサルタン錠40mg 1錠 分1朝食後
アムロジピンベシル酸塩錠10mg 1錠 分1 朝食後
クロピドグレル錠75mg 1錠分1朝食後

<追加処方>
セフカペンピボキシル塩酸塩錠100mg 3錠分3 毎食後 5日分
デキストロメトルファン臭化水素酸塩水和物錠15mg 3錠分3毎食後 5日分
アセトアミノフェン錠200mg 2錠 頓服 発熱・疼痛時 5回分

【情報提供の内容】
訪問時の体温は37.1℃、下痢、嘔吐、食欲不振等は認められませんでした。
また、インスリン量については、お電話でご指示いただいた通り、血糖値が200以下になるまで2単位追加することを患者さんに説明いたしました。

【薬剤師からの提案】
処方薬の変更提案はございません。

病態の知識

シックデイ時に押さえたい3つの注意事項

1. 血糖値が大きく乱れやすい

  1. ① 高血糖になりやすい
    シックデイに該当する病気として、風邪や下痢、発熱、腹痛、食欲不振などのほか、外傷や骨折なども該当します。

    このような症状は身体にとってストレスとなり、ステロイドホルモンなどのストレスホルモンが分泌されます。ストレスホルモンは急性期における身体の障害の防御に役立つ一方で、インスリンの働きを弱め高血糖を引き起こします。

    糖尿病でなければ血糖上昇に応じてインスリン分泌が増えるものの、糖尿病の患者さんではそれが十分に果たせません。このためシックデイ時には血糖値がいつもよりも高くなることが多いです。
  2. ② 低血糖にもなりやすい
    その反対に、シックデイ時には食欲が低下していつものように食べられない患者さんが少なくありません。食べる量が少ないにもかかわらずいつもどおりに薬を服用または注射すると、低血糖を引き起こす可能性があります。さらに、病気によって生じる脱水が腎機能を低下させるので、腎排泄薬の場合その成分が体内に滞り、血糖値が下がりすぎるという影響もあります。

    つまり、シックデイ時にはさまざまな要因が複雑に絡み合って、血糖値が乱高下しやすいということです。

2. 危険な急性合併症が起こりやすい

  1. ① ケトアシドーシス
    インスリン作用が足りない時や、食事(炭水化物)の摂取量が少ない時、体内では脂肪をエネルギー源として使用し、その時に肝臓でケトン体が作られ血液中に溜まります(ケトーシス)。ケトン体は酸性なのでその量が増えると血液が酸性になります(アシドーシス)。その状態をケトアシドーシスといい、吐き気や腹痛が現れ、進行すると意識障害や昏睡に至ることから、緊急治療が必要になります。

    ケトアシドーシスになる原因としての多くが、ふだんインスリン治療をする患者さんがシックデイで食欲不振の時に「何も食べないので血糖値は上がらないだろう」と判断してインスリン注射を自己判断で中断することです。インスリン注射は絶対に中止せずに、食べられなくても、血糖自己測定を参考に単位数を加減して注射するよう指導することが必要です。
  2. ② 高血糖高浸透圧症候群
    高血糖状態では尿浸透圧が上昇し体内の水分が尿中に移動、身体は脱水状態になります。加えて下痢や発熱も脱水を強め、また食欲低下している場合、食事からの水分摂取も減り、さらに脱水を強めます。

    その上、脱水状態では血液が濃縮されるので血糖値がより高くなります。このような悪循環の結果、高度の脱水と著しい高血糖を来した状態を高血糖高浸透圧症候群といいます。全身の血液の流れが悪くなってさまざまな臓器の働きが低下し、緊急治療が必要です。

    高齢者糖尿病患者さんは体内の水分量が少ないため少しの変化で脱水状態になりやすく、また脱水状態になっても喉の渇きをあまり感じない傾向があります。

3. 経口糖尿病薬およびインスリン量の増減目安

  1. ① シックデイ時の糖尿病治療薬の減量の目安2)
    在宅薬剤師のためのフィジカルアセスメントの画像1 参考文献;糖尿病療養指導ガイドブック2018 日本糖尿病療養指導士認定機構 編・著
  2. ② シックデイ時の(超)速効型インスリン増減目安2)
    在宅薬剤師のためのフィジカルアセスメントの画像2

薬剤師紗希によるこれからの薬剤師に必要なシックデイPoint

糖尿病ネットワーク(2012年)の調査では、糖尿病患者さんの57%がシックデイの経験があります。しかしシックデイを認識できている患者さんは、全体の61%、そのうちのインスリン療法中の患者さんが74%、経口糖尿病薬服用中の患者さんでは40%しか認識していません。なぜなら治療法によっての指導の異なりがあるからです。

現在は経口血糖降下薬としてSU薬の使用患者さんだけでなく、インクレチン薬やSGLT2阻害薬などの薬剤使用が増えています。そのためインスリン療法患者さん中心のシックデイ教育から、すべての糖尿病患者さんに対してシックデイ教育を行う必要性があると考えられます。

薬剤師も糖尿病患者さんまたはご家族の方に、日常におけるシックデイ要因を追求し、シックデイについて理解および納得されているか何度も指導しましょう。

参考文献
1) 糖尿病ネットワーク-シックデイ 徳島県立中央病院 糖尿病・代謝内科 白神 敦久先生
2) 糖尿病療養指導ガイドブック2018 日本糖尿病療養指導士認定機構 編・著

横山 紗希さんの画像

監修:横山 紗希

福岡大学薬学部卒業後5年間急性期病院に勤務し、糖尿病チームの一員として外来や病棟での療養指導に尽力。現在はケアミックス病院にて他職種と連携し、ポリファーマシー解消に日々取り組んでいます。

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田中 嘉尚
たなか かなお

1999年3月徳島文理大学薬学部卒業後、臨床治験モニター、医療ライター、病院薬剤師、保険薬局薬剤師を経験。現在病院薬剤師をしながら、フリーライターをしています。
ITに興味があり、前職の病院で恩師との出会いにより「副作用発現リスク精査表」を開発し、特許を取得。現在も共同研究中です。
フリーライターになろうと思ったきかっけは、恩師が現役著者で論文や学会誌などの文書の書き方をご指導頂いたことが影響しています。

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