アルツハイマー型認知症と嚥下障害への薬学的戦略
薬剤師は薬の専門家としてベッドサイドで患者さんの適正な薬物療法に貢献することが求められています。患者さんに最適な薬物療法を実践するなかで、薬剤師が患者さんの状態を把握することは、特にリスクの高い薬剤を中心に副作用の防止、あるいは早期に発見し重篤化を防止することが重要と考えられます。そのためには、症状や必要に応じて脈拍や血圧などのバイタルサインの測定や、触診、視診といったフィジカルアセスメントによって患者さんから直接的に情報を得る行為が不可欠となります。
※薬剤師によるフィジカルアセスメントはどこまで許されるのか?については、こちらを参照して下さい。
嚥下障害と現病歴
アルツハイマー型認知症、パーキンソン病、脳梗塞、高血圧、不眠、せん妄
嚥下障害の症例
89歳女性、誤嚥性肺炎により入院既往歴があり。現在飲食時に誤嚥を認めず、むせることもなかったが、本人の了解を得て歯科医師同行の下、嚥下機能の評価を行った。評価方法は、喉仏に指を当て、もう片方の手で気管側方部に聴診器を当てる。また唾液や食事を飲み込んでもらい、喉仏が上下するのを確認しながら聴取。
正常の場合は、「ファー」という濁りない呼吸音の後、「ゴクッ」という嚥下音が続き、再び呼吸音が聞こえる。しかし呼吸音が途切れたり、泡立ち音や喘鳴などの雑音が混じったりしていた。その他過去に夜間頻尿があったが、現在は症状なし。
嚥下障害と現病歴の処方薬
アスピリン腸溶錠100mg 1錠 分1 朝食後
テルミサルタン錠80mg 1錠 分 1 朝食後
メマンチン塩酸塩口腔内崩壊錠10mg 1錠 分1 朝食後
アマンタジン塩酸塩錠50mg 2錠 分2 朝夕食後
エチゾラム錠0.5mg 3錠 分3 毎食後
ソリフェナシンコハク酸塩口腔内崩壊錠5mg 1錠 分1 夕食後
ゾルピデム口腔内崩壊錠5mg 1錠 分1眠前
ハロペリドール錠 1mg 1錠分1 眠前
薬剤師真希子の嚥下機能と現病歴の症例Point
☞Point 1
嚥下機能に良い影響を与える可能性がある薬剤としてイミダプリル(ACE阻害薬)があり、テルミサルタンから変更提案
☞Point 2
シロスタゾールも嚥下機能に良い影響を与える可能性があるため、追加提案
☞Point 3
アマンタジンも嚥下機能に良い影響を与える可能性があるが、覚醒作用があるため、朝夕食後を朝昼食後へ変更提案
☞Point 4
ソリフェナシンは口腔内乾燥の副作用があり、嚥下機能に影響を与えるため、減量もしくは中止提案
☞Point 5
ハロペリドールの抗ドパミン作用により、嚥下機能が低下する可能性があるため、中止もしくはクエチアピンへ変更提案
薬剤師真希子の嚥下障害と現病歴の症例Point解説
聴診器による評価で、雑音が混じる異常音が確認されたことから、今回の症例では不顕性誤嚥が疑われます。誤嚥性肺炎を発症する前に不顕性誤嚥が起っている割合が多いと言われています。誤嚥性肺炎を発症しないよう、不顕性誤嚥が疑われる時点で、処方薬の見直しが必要になります。
まずは、嚥下機能の低下を防ぐために、できるだけ口腔内崩壊錠への変更を試みましょう。嚥下機能に良い影響を与える可能性のある薬剤として、シロスタゾール(抗血小板剤)、イミダプリル(ACE阻害剤)、アマンタジン(パーキンソン症候群治療剤)、半夏厚朴湯などがあります。実際にACE阻害剤の使用で高齢者の肺炎発症率を3分の1まで減らすことができた報告もあります1)。
テルミサルタンをイミダプリルへ変更、さらにシロスタゾールの追加提案をして下さい。
アマンタジンは覚醒作用があるため、分2朝夕食後を分2朝昼食後へ変更提案。ソリフェナシンは口腔内乾燥の副作用があり、嚥下機能の低下する可能性があります。減量もしくは夜間頻尿が改善しているため中止提案をして下さい。
ハロペリドールのような抗精神病薬は、抗ドパミン作用によりサブスタンスPの放出を低下させ、直接的に咳反射や嚥下反射を抑制する2),3),4),5)ことにより嚥下機能が低下します。今回の症例ではせん妄で服用していますが、完全に中止することが難しい場合が多いです。クエチアピンは抗精神病薬の中では嚥下障害リスクが小さいと6),7),8)考えられているので、変更提案するのもよいでしょう。
嚥下障害と現病歴のトレーシングレポートを書いてみよう
処方内容(患者情報、薬剤師名、医師名等省略)
アスピリン腸溶錠100mg 1錠 分1 朝食後
テルミサルタン錠80mg 1錠 分 1 朝食後
メマンチン塩酸塩口腔内崩壊錠10mg 1錠 分1 朝食後
アマンタジン塩酸塩錠50mg 2錠 分2 朝夕食後
エチゾラム錠0.5mg 3錠 分3 毎食後
ソリフェナシンコハク酸塩口腔内崩壊錠5mg 1錠 分1 夕食後
ゾルピデム口腔内崩壊錠5mg 1錠 分1眠前
ハロペリドール錠 1mg 1錠分1 眠前
情報提供の内容
聴診器による聴取で雑音が混じる異常音を確認し、むせる症状がないことから不顕性誤嚥の疑いがあります。現在夜間頻尿の症状は出ていないとのことです。
薬剤師からの提案
以下の薬剤の追加、中止、変更及び減量等をご検討お願いします。
- テルミサルタン(ARB)からイミダプリル(ACE阻害薬)への変更
ACE阻害薬は嚥下機能に良い影響を与えるため - シロスタゾールの追加
嚥下機能に良い影響を与えるため - アマンタジンの用法分2朝夕食後から分2朝昼食後への変更
覚醒作用があるため - ソリフェナシンの減量または中止
口腔内乾燥の副作用があり、嚥下機能低下に影響するため - ハロペリドールの中止もしくは、クエチアピンへの変更
ハロペリドールの抗ドパミン作用により、嚥下機能が低下する可能性があるため。
またクエチアピンは抗精神病薬の中で嚥下機能低下リスクが小さいため
認知症による嚥下障害の特徴で押さえたい4つの知識
嚥下障害になると食事が進まず、栄養不良や脱水状態になることもあります。また、食べ物が喉に詰まって窒息する恐れや誤嚥性肺炎を引き起こす可能性もあるため嚥下障害には注意が必要です。
アルツハイマー型認知症の場合は認知機能の低下が認められますが、身体機能は維持されます。そのため、食事を認識できなくてもむせずに飲み込む事は出来ます。食べ物を認識できず、口の中に溜め込んでしまうといった症状が多いです。
レビー小体型認知症は身体機能に障害をきたすことが多い認知症です。そのため、飲み込む動作が困難になります。喉のそれぞれの働きが低下する事で、飲み込めずにむせ込んでしまうことが多く見られます。
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(1) 原因
嚥下障害を引き起こす原因はいろいろあり、脳梗塞や脳出血などの脳血管障害や、神経や筋肉の病気などで起こることがあります。また加齢によっても起こります。 -
(2) 症状
嚥下障害になると次のような症状が見られます。
・頻繁にむせる、咳き込む
・飲み込んだ後も、口や喉の辺りに食べ物が残っている
・食事の後、がらがら声になる、痰が出る
・食べるとすぐ疲れて、全部食べられない
・体重が徐々に減る、体調を崩しやすくなる -
(3) 嚥下機能に悪影響を及ぼす可能性がる薬剤(表1)
中枢神経を抑制する薬剤や錐体外路障害を引き起こす薬剤では、嚥下反射や咳反射を抑制すること。さらに口腔内乾燥を引き起こす薬剤は、咽喉頭部粘膜の乾燥や唾液による食塊形成が障害されることで、それぞれ嚥下障害が生じやすくなります。
表1 嚥下機能に悪影響を及ぼす可能性がある薬剤
武原格:MB Med Reha No.136: 57-62, 2011を参考に作成
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(4) 嚥下機能に良い影響を与える可能性がある薬剤(表2)
咳反射、嚥下反射を調節している神経伝達物質サブスタンスPの濃度を高める作用により、これらの反射の低下を改善します。
表2 嚥下機能に良い影響を与える可能性のある薬剤
日摂食嚥下リハ会誌 24(2):184–193, 2020を参考に作成
薬剤師真希子のこれからの薬剤師に必要な嚥下障害Point
在宅薬剤師は嚥下障害リスクを発見できる窓口
在宅薬剤師は患者さんの食べる機能の低下にいち早く察知でき、多職種につなげる立ち位置にいます。なぜなら、薬を飲み込めるかどうか、最近むせることが増えていないかなど、そんな患者さんの声や嚥下機能の変化に気づくことができるからです。
食べる機能が高齢化とともに低下していきますが、リスクを早く察知し的確な訓練をすれば、嚥下障害を抑えることができます。
今後も高齢化により嚥下障害の患者さんは、増えていきます。薬剤師は嚥下機能を低下させる可能性のある薬剤の抽出、代替薬の提案、安全で確実な服薬を支援することが望まれるでしょう。
参考資料
1) Sekizawa K, Matui T, Nakagawa T, et al: ACE inhibitors and pneumonia. Lancet 352: 1068-1069, 1998
2) 斎藤 徹,石井芝恵,小池早苗,他:統合失調症の嚥下障害者における誤嚥をきたす要因の解析,日摂食嚥下リハ会誌,18:274–281,2014.
3) Nagamine T: Serum substance P levels in patients with chronic schizophrenia treated with typical or atypical antipsychotics, Neuropsychiatr Dis Treat, 4: 289–294, 2008.
4) 勝又俊弥:標準的神経治療:神経疾患に伴う嚥下障害,神経治療,31:462–465,2014.
5) 野原幹司:認知症患者さんの病態別食支援-安全に最期まで食べるための道標,メディカ出版,大阪,2018,112–125.
6) Seeman P: Atypical antipsychotics: Mechanism of action, Can J Psychiatry,47: 27–38,2002.
7) Takano A, Suhara T, Ikoma Y, et al: Estimation of the timecourse of dopamine D2 receptor occupancy in living human brain from plasma pharmacokinetics of antipsychotics, Int J Neuropsychopharm, 7: 19–26, 2004.
8) 武田俊彦:第2世代 抗精神病薬の臨床,新興医学出版社,東京,2007,19–23.
監修:吉田真希子
共立薬科大学薬学部を卒業後、6年間保険薬局薬剤師を経験。現在は子育てしながら病院薬剤師15年目になります。ポリファーマシー解決に取り組み、認知症委員会で認知症やせん妄患者さんに対する薬の投与計画や全職員に向けて薬の教育に力を入れています。