薬剤効果の多因子性を考察する-薬の効果を作り上げるもの
第4回、そして第5回で論じたように、プラセボ効果をどのように解釈し、日常生活に対してどんな意味を含ませるかについては、科学と呼ばれるような客観的かつ合理的な営みだけでなく、認識と呼ばれるような人の主観によるところが大きい。このことはまた、薬の効果が主観で語られる余地を大きく残していることを意味する。しかし、医療が医学や薬学という科学的学問を基盤にしている限り、医療者は薬の効果を科学的に論じるべきであろう。主観の余地を多く残している薬の効果を、どのように捉えれば科学的に取り扱えるのだろうか。今回は、薬の効果を理解するためのフレームワーク、「薬剤効果の多因子性」と、その具体的なモデルについて論じたい。
薬の効能と薬効感
「出来事の成立は、僕らが考えているよりもはるかに複雑な因果の連鎖である」。本連載の第1回目で僕はそう述べている。「薬を服用した」という出来事に引き続いて、「心身状態の変化」が起きたとしても、その変化が薬の直接的な影響なのか、あるいはプラセボ的な何かの影響なのか、その判別は難しい。
薬の効果は、薬理学や病態生理学として理解されているような生物学的要因による効果と、服薬という行為や状況によってもたらされる社会・心理的要因による効果に分けることができる。後者は薬を飲む人の背景や心理的な影響であり、これは「広義のプラセボ効果」である(あえて「広義」とした理由については後に解説する)。
つまり、一般的に「薬の効果」と言った場合、薬理作用がもたらす薬の厳密な効果(生物学的要因)に、薬を服用する人の社会環境や心理状態によってもたらされる影響(社会・心理的要因)を加えた薬効感のことを指す。薬理作用がもたらす薬の厳密な効果も、社会・心理的要因を加えた薬効感も、日本語ではどちらも「効果」と言えてしまうが、英語では前者をEfficacy、後者をEffectiveness と区別することが多い。
薬剤効果の多因子性
繰り返すが、薬の効果は生物学的要因に基づく薬の厳密な効果に加え、社会・心理的要因の影響が加わり、薬効感として僕らに認識される。そして薬の厳密な効果をEfficacy、薬効感をEffectivenessと呼ぶのであった。
Effectivenessにはプラセボ効果も含まれるが、あくまでも「広義のプラセボ効果」であって、そこには自然治癒や偶然の影響など、純粋なプラセボ効果とは異質な要素も含まれている。したがって、「広義のプラセボ効果」は、「純粋なプラセボ効果」と、「その他の効果」に分けることが可能であり、「その他の効果」はさらに、ホーソン効果やピグマリオン効果、自然経過による心身状況の変化、遺伝的要因、社会環境などに細分化できる。
このように、薬の効果は多成分に分解可能な複雑な様相を呈している。僕はこの複雑性を薬剤効果の多因子性と呼び、具体的には【図1】に示したモデルでとらえている。むろん、薬の効果を生み出している全ての要素を列挙することは不可能であり、偶然の影響を含め、現代科学では未だ人に認識されていない要素を【図1】では「未知の因子」としている。
【図1】薬剤効果の多因子性モデル
Effectivenessを形作るもの
純粋なプラセボ効果の他にも、様々な要素がEffectivenessを形作っている。例えば、社会的環境が人の健康状態に大きく影響していることは、これまでに膨大な社会疫学的研究の知見がある1)。貧困や治安の悪さ、あるいは汚染地域など、劣悪な環境に居住しているのであれば、たとえ薬を飲んでいたとしても、環境的な外部要因によって健康を害することは想像しやすいと思う。
遺伝的要因もまた、薬の効果を決定づける重要な要素になり得る。例えば、肺がん治療薬のゲフィニチブでは、特定の遺伝子(EGFR遺伝子変異陽性)を有する人で、延命効果が強く得られることが知られている2)。
ピグマリオン効果とは、教師の期待によって学習者(生徒)の成績が向上するという効果であり、アメリカの心理学者ローゼンタールが提唱したことからローゼンタール効果とも呼ばれる3)。他人から期待を持って関わられると、学業やスポーツの成績、作業効率などが高まる傾向にあることは想像しやすいと思う。薬の効果で言えば、医師が患者に期待することで患者の行動変容が起こり、結果として大きな治療効果が得られることもあり得る。
ホーソン効果とは、他者から注目されることで、労働者の生産効率が上がる効果のことである。1924年から開始されたホーソン·ウェスタン·エレクトリック工場(米国イリノイ州)における、労働者の生産性に関する研究の中で観察された4)。
臨床現場においては、患者が信頼している治療者(医師など)に治癒を期待されていると感じることで、生活習慣の是正などの行動変容が促され、健康状態が改善、もしくは良好に保たれることもあろう。
どんな治療で、プラセボ効果の影響が大きいのか
【図1】に示した薬剤効果の多因子性モデルをあらためて見てほしい。薬の効果が、様々な要素の上に成り立つ複合的なものであることはまた、薬を飲む人や治療目的、あるいは治療の文脈によっても、Effectivenessを作り出している構成要素の割合や種類が異なることを意味する。プラセボ効果の影響の度合いもまた、治療目的や文脈によって変化することは想像に容易いが、どんな治療で影響を受けやすく、どんな治療で影響を受けにくいのだろうか。
過去に報告されているランダム化比較試験のデータから、19種の薬物治療に関する臨床的な効果の大きさを比較した研究5)が報告されており、プラセボ効果の大きさが治療文脈でどのように異なるのかを考察する上で参考となる。この研究では、2型糖尿病患者の死亡リスクに対するメトホルミン、高血圧患者の心血管疾患イベントに対するACE阻害薬、脂質異常症患者の心血管疾患イベントに対するスタチン系薬剤など、将来的な合併症リスクの低減を目的とした予防的な効果は、臨床的にはかなり小さいことが示された。一方で、逆流性食道炎患者の症状緩和に対するプロトンポンプ阻害薬、疼痛緩和に対するオキシコドンとアセトアミノフェン併用、慢性閉塞性肺疾患患者の呼吸機能に対するチオトロピウムなど、主観的な症状の緩和を目的とした対症的な効果は大きいことが示されている【図2】。
【図2】治療文脈と薬物治療の効果の大きさ(標準化平均差で比較)参考文献5より筆者作成
予防的な効果よりも対症的な効果の方が大きいことは、対症療法に対する薬の有効性が高いというよりはむしろ、プラセボ効果の出方の違いと考えた方が良いかもしれない。つまり、対症療法による主観的な症状改善に寄与するプラセボ効果の方が、死亡率や心血管疾患の発症率に寄与しうるプラセボ効果よりも大きいというわけだ。このことは、死亡リスクに対する薬物治療と、疼痛に対する薬物治療、どちらがプラセボ的な効果の恩恵が強いだろうか……と考えれば、分かりやすいと思う。
薬の厳密な効果、その存在割合を想う
治療効果に占めるEfficacyはどれほどなのだろうか。Efficacyそのものものが極めて大きいのであれば、プラセボ効果をはじめとする多因子的要素の影響は相対的に小さくなるだろう。
薬の厳密な効果の存在割合がどの程度なのかを考察するにあたり、プラセボの服薬アドヒアランスと生命予後の関連を検討した研究の結果6)が参考となる。この研究は、プラセボ治療に関する研究データ21研究を統合解析したものだ。その結果、プラセボの服薬アドヒアランスが良い人は、そうでない人に比べて死亡リスクが44%低下した。
【図2】の考察を踏まえれば、死亡が44%減るという効果を、全てプラセボ効果に帰することにも無理があろう。この場合、プラセボ効果が長生きに寄与したというよりは、薬をしっかり飲むことに関心が高い人が長生きすると考えた方が合理的である。
服薬アドヒアランスとは、医師の指示した用法通りに患者が服薬しているかどうか、その度合いのことを意味している。このことはまた、患者がどれほど積極的に薬物治療に関わろうとしているのか、その関心の程度といってもよい。つまり、服薬アドヒアラスが良い人は、治療に対する関心が高い人であり、認知機能が低下しておらず、医師の言うことに従順な人で、少しでも健康に不安があれば早期受診する人であろう。普段から食習慣に気を付ける人や、予防接種や、健康診断を定期的に受けている人、サプリリメントも欠かさず飲んでいる人かもしれない。少なくとも、服薬アドヒアランスの良い患者は、健康志向の強い集団といえる。
実際、スタチンのような予防的薬物療法の服薬アドヒアランスが良好な患者は、そうでない患者に比べて、スクリーニング検査や予防接種など、予防医療サービスを受ける可能が高く7)、また転倒や骨折、交通事故のリスクガ低いことが報告されている8)。
このような背景を踏まえれば、薬効感(Effectiveness)に占めるEfficacyは僕らが想像しているよりも小さいといえるかもしれない。むろん、1型糖尿病に対するインスリンや、喘息死亡に対する吸入ステロイドのようにEfficacyが極めて大きく、日常生活に強い影響力を有する薬も存在する。しかし、多くの薬、特に慢性疾患に用いられるような予防的な薬についていえば、そのEfficacyは小さく、プラセボ効果を含めた社会・心理的要因よるの影響の方がはるかに大きい可能性を指摘できるだろう。
薬の効果は、薬理学や病態生理学として理解されているような生物学的要因による効果(Efficacy)と、服薬という行為や状況によってもたらされる社会・心理的要因による効果に分けることができる。社会・心理的要因による効果はまた、「純粋なプラセボ効果」と、「その他の効果」に分けることが可能であり、「その他の効果」はさらに、ホーソン効果やピグマリオン効果、自然経過による心身状況の変化、遺伝的要因、社会環境などに細分化できる。このように、薬の効果は多成分に分解可能な複雑な様相を呈しており、この複雑性を僕は「薬剤効果の多因子性」と呼んでいる。
いくつかの研究が示唆していることは、対症療法による主観的な症状改善に寄与するプラセボ効果の方が、死亡率や心血管疾患の発症率に寄与しうるプラセボ効果よりも大きい可能性である。また、予防的な薬剤についていえば、薬のEfficacyは僕らが想像する以上に小さく、プラセボ効果を含めた社会・心理的要因よるの影響の方がはるかに大きい可能性を指摘できる。
【参考文献】
1) Am J Public Health. 2014 Sep;104 Suppl 4:S517-9. PMID: 25100411
2) N Engl J Med. 2009 Sep 3;361(10):947-57. PMID: 19692680
3) Rosenthal, R. & Jacobson, L.:"Pygmalion in the classroom",Holt, Rinehart & Winston 1968
4) E.Mayo, The Human Problems of an Industrial Civilization , Routledge & Kegan Paul , Macmillan, 1933
5) BMC Med 2015 Oct 2;13:253. PMID: 26431961
6) BMJ. 2006 Jul 1;333(7557):15.PMID: 16790458
7) Value Health. 2011 Jun;14(4):513-20.PMID: 21669377
8) Circulation. 2009 Apr 21;119(15):2051-7PMID: 19349320