副作用のプラセボ効果「ノセボ効果」とは!?その影響について
前回の記事では「薬剤効果の多因子性モデル」について紹介し、薬の効果は多成分に分解可能な複雑な様相を考察した。薬の効果は、薬理学や病態生理学として理解されているような生物学的要因だけから成り立っているわけではない。このことはまた有効性のみならず、副作用を含めた有害事象*についても同様に考えることができる。つまり、プラセボの投与によって、健康状態に良い影響をもたらすこともあれば、健康状態に悪い影響をもたらすこともあるということだ。
プラセボの投与によって、有益な治療効果が得られる現象をプラセボ効果と呼ぶのに対して、プラセボの投与によって、望まない有害事象が現われる現象をノセボ効果 (nocebo effect) と呼ぶ。今回の記事では、ノセボ効果が人の健康状態に対して、どのような影響を与えうるのかを考察したい。
*有害事象とは、薬との因果関係が明確な副作用のほか、薬との因果関係が不明確なあらゆる有害反応のことを指す。
ノセボ効果という現象
【表1】に示したのは、抗うつ薬に関する143件の臨床試験データから、三環系抗うつ薬のプラセボと、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)のプラセボの有害事象を比較した統合解析の結果1)である。一般的に三環系抗うつ薬は、SSRIに比べて抗コリン作用が強く、口渇や便秘など有害事象リスクが高いと考えられる。そして興味深いことに、この研究ではSSRIのプラセボと比べて、三環系抗うつ薬のプラセボで口渇が3.5倍、傾眠が2.7倍、便秘が2.7倍多いという結果であった。
本来、どちらもプラセボを投与されている集団であり、理論上は有害事象が発生し得ない。たとえ有害事象が発生したとしても、SSRIプラセボと三環系抗うつ薬プラセボの有害事象の頻度に差は出ないはずである。しかし、現実には実薬の薬理作用プロファイルに準じた副作用を認めており、これがノセボ効果と呼ばれる現象に他ならない。
【表1】三環系抗うつ薬プラセボとSSRIプラセボの有害事象比較(参考文献1より作成)
有害事象 | 三環系抗うつ薬プラセボ | SSRIプラセボ | オッズ比 (95%信頼区間) |
---|---|---|---|
口渇 | 191人/993人 (19.2%) | 346人/5422人(6.4%) | 3.5 (2.9~4.2) |
傾眠 | 142人/847人 (16.8%) | 496人/7247人(6.8%) | 2.7 (2.2~3.4) |
便秘 | 101人/945人 (10.7%) | 116人/2767人(4.2%) | 2.7 (2.1~3.6) |
ノセボ効果の原因とその影響
プラセボ効果が治療に対する期待によって引き出されているのだとしたら、ノセボ効果は治療に対するストレス、恐怖、不安などの否定的な感情によって引き出されていると考えられる。実際、抗がん剤の副作用は、患者自身が抱いている予測と相関することが報告されている2)。また、副作用の重症度、過去の副作用経験、健康不安の高まりなどもノセボ効果と関連していると考えられる3)。
薬物治療におけるノセボ効果は、心身に対して害さえあれど、有益なものは何一つ含まれておらず、常に望ましくないものであろう。また、有害事象そのものだけでなく、薬物治療に対する患者の関心を失わせ、服薬アドヒアランスの低下にもつながりかねない4)。薬の有害事象に関する不適切な情報提供が、患者に不安やストレスをもたらし、薬理作用とは独立して、有害な影響を及ぼしてしまう可能性について、医療者はもっと自覚するべきなのかもしれない。
ノセボ効果はまた、臨床試験において治療群とプラセボ群、双方の有害事象頻度を増加させ、解析結果に小さくないバイアスをもたらすことになる。有害事象のリスクについて、正確な統計データを得られないだけでなく、治療アドヒアランスの低下によって、研究から脱落してしまう被験者を増やしかねない。脱落者の多い臨床研究の解析データが、科学的な妥当性に欠いていることは言うまでもない。参考までにランダム化試験において、プラセボ群に割り付けられた被験者の有害事象による研究中止割合を【表2】にまとめる5)。研究の中止事由の全てがノセボ効果とは限らないものの、小さくない影響を与えていることは確かであろう。
【表2】RCTのプラセボ集団における有害事象による研究中止割合(参考文献5より筆者作成)
PMID | ランダム化比較試験で検討された治療文脈 | 中止割合(%) |
---|---|---|
16432082 | 心血管疾患の一次および二次予防のスタチン | 4〜26 |
20538704 | 多発性硬化症に対する免疫抑制薬 | 2.1(95%信頼区間:1.6–2.7) |
多発性硬化症に対する対症療法 | 2.4(95%信頼区間:1.5–3.3) | |
21216874 | 片頭痛の急性期治療 | 0.3(95%信頼区間:0.2–0.5) |
片頭痛の予防 | 4.8(95%信頼区間:3.3–6.5) | |
緊張性頭痛の予防 | 5.4(95%信頼区間:1.3–12.1) | |
22336767 | 糖尿病性末梢神経障害に対する対症療法 | 5.8(95%信頼区間:5.1–6.6) |
線維筋痛症に対する対症療法 | 9.5(95%信頼区間:8.6–10.7) |
drucebo効果という概念
ノセボ効果の大きさを厳密に見積もるためには、プラセボ服用群と無治療群を比較したランダム化比較試験を実施し、有害事象の発生頻度を比べる必要がある。しかし、実際に行われる多くの臨床試験において、プラセボと無治療が比較されることは稀である。そういう意味では、オープンラベルプラセボ試験は、プラセボ群と無治療群を比較することによって、純粋なプラセボ効果を検討するための研究デザインなのだ。しかし、有害事象のリスクを見積もるためにプラセボと無治療を比較したランダム化比較試験の実施は倫理的にも許容されがたい。したがって、既存の研究データからノセボ効果の大きさを厳密に見積もることは難しい。
薬の有害事象について、薬理学的な作用機序以外の効果を合理的に見積もるため、Pensonらは2018 年の論文6)で「drucebo効果」という概念を紹介している。druceboとは、「Drug」と「Placebo」もしくは「Nocebo」を組み合わせた造語で、「ランダム化比較試験において二重盲検下で使用した実薬の効果と、非盲検下で使用した実薬の効果の差」と定義されている【図1】。
【図1】ノセボ効果とdrucebo効果の違い
実臨床におけるdrucebo効果の影響については、スタチン系薬剤と筋肉関連障害に関する文献報告が多い。横紋筋融解症はスタチン系薬剤の重大な副作用の一つである。しかし近年では、同薬を服用した後に生じる筋肉関連障害の多くはノセボ効果の可能性が示唆されている7〜10)。
Herrettらによる2021年論文11)では、スタチンと筋肉関連障害について、薬理学的な作用機序以外の影響をn(number)-of-1試験と呼ばれる研究デザインで検討している。n-of-1試験とは1人の患者に対してランダムに様々な処置や治療を行い、それぞれの処置や治療の効果を統計学的に評価する研究手法である。
この研究では、筋症状のためスタチン系薬剤を中止または中止を考慮中の200人(平均69.1歳、男性58%)が対象となった。調査期間は1年に設定され、被験者は2か月間の盲検化された治療を6回受けている。6回のうち、3回はアトルバスタチン20㎎を、残り3回はプラセボを投与する治療期間となっており、各治療期間は被験者に対してランダムに割り付けられ、筋症状スコア(0~10点で評価し、点数が高いほど重症)が比較された。
その結果、筋症状スコアは、アトルバスタチン服用期間で1.68点、プラセボ服用期間で1.85点と、両群間に統計的有意な差を認めなかった(平均差-0.11[95%信頼区間-0.36〜0.14])。つまり、アトルバスタチンによる筋症状の頻度はプラセボで発生し得る頻度と統計学的には変わらなかったことになる。このことは、実臨床で報告されているスタチン服用後の筋肉関連障害の多くがdrucebo効果の影響下にあることを示唆する。
ノセボ効果の最小化のために
患者が抱いている治療への信念や経験を適切に考慮することは、ノセボ効果の影響をコントロールするための重要なポイントである。良好な医師と患者の関係を築くこと、共感的な態度を高めること、適切に情報を提供すること、副作用への不安を減らすこと、治療に成功した患者同士の社会的接触を促進すること、これらすべてがノセボ効果を最小限に抑えることに寄与すると考えられている12)。
ノセボ効果の影響とは直接的な関連性は少ないかもしれないが、英国ではかかりつけ医との関係性が長期にわたるほど、患者の時間外診療の利用、緊急入院、死亡リスクの低下が報告されている13)。むろん、かかりつけ医と長く関わることそのものが、直接的に死亡リスクを減らしているわけではないだろう。長い時間の中で育まれてきたかかりつけ医と患者の関係性こそが、ノセボ効果の影響を最小化し、プラセボ効果の影響を最大化しているのかもしれない。そういう意味では医師、薬剤師に関わらず「かかりつけ」という医療制度上の枠組みが、患者の健康状態にとって小さくないメリットをもたらしているように思う。
プラセボの投与によって、有益な治療効果が得られる現象をプラセボ効果と呼ぶのに対して、望まない有害事象が現われる現象をノセボ効果と呼ぶ。
ノセボ効果の大きさを厳密に見積もるためには、プラセボ治療と無治療の有害事象頻度を比較しなければならない。しかし、このような比較は、倫理的は配慮から通常の臨床試験で行うことが困難である。近年では、薬理学的な作用機序以外の効果を合理的に見積もるために、drucebo効果という概念が提唱されている。drucebo効果とは「ランダム化比較試験において二重盲検下で使用した実薬の効果と、非盲検下で使用した実薬の効果の差」のことである。
ノセボ効果やdrucebo効果は、治療に対する患者のストレス、恐怖、不安などの否定的な感情によって引き出されていると考えられ、医療者による有害事象の説明の仕方によっては、ノセボ効果を強く引き出してしまう可能性に留意したい。
【参考文献】
1) Drug Saf. 2009;32(11):1041-56. PMID: 19810776
2) Cancer Treat Rev. 2018 Jul;68:86-93. PMID: 29936015
3) Health Expect. 2020 Aug;23(4):731-758. PMID: 32282119
4) Pharmazie. 2010 Jul;65(7):451-6. PMID: 20662309
5) Dtsch Arztebl Int. 2012 Jun;109(26):459-65. PMID: 22833756
6) J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2018 Dec;9(6):1023-1033.PMID: 30311434
7) Lancet. 2017 Jun 24;389(10088):2473-2481. PMID: 28476288
8) J Clin Lipidol. Jul-Aug 2016;10(4):739-747. PMID: 27578103
9) Eur Heart J. 2021 Jun 21;ehab358. PMID: 34151941
10) Expert Opin Drug Saf. 2019 Jul;18(7):573-579. PMID: 31070941
11) BMJ. 2021 Feb 24;372:n135.PMID: 33627334
12) Avicenna J Med. Oct-Dec 2017;7(4):139-143.
13) Br J Gen Pract. 2021 Aug 26;BJGP.2021.0340. PMID: 34607797