これからの薬剤師の役割。腰痛症状に対するプラセボ効果から読み解く
腰痛は身近な健康問題の一つであり、生涯における有症割合は60〜85%、成人の約15%が腰痛を患っているともいわれている1)。慢性腰痛の世界的な有症割合は、過去10年間で100%以上も増加しており、個人レベルの健康問題だけでなく、人間の社会活動にも大きな影響を及ぼしている2)3)4)。今回は慢性腰痛に対するプラセボ効果と、薬剤師の役割について考察したい。
腰痛と慢性化の危険因子
腰痛は、病態生理学的な背景だけでなく、ストレスや不安、抑うつなどの心理社会的要因5)、物理的な作業に伴う身体への負荷6)など、極めて多因子的な背景によって引き起こされる疾病である【図1】。特に、抑うつ症状は腰痛の慢性化だけでなく、新規発症とも関連することが知られている7)。さらに、腰痛に対する悲観的な考えによる腰の過剰な保護動作(恐怖回避思考)も、腰痛の慢性化リスクを高める8)。
【図1】腰痛の発生と慢性化の危険因子(参考文献6より筆者作成)
また、社会・経済的地位と腰痛の有症割合には、関連性があることも知られている。65歳以上の日本人高齢者26,037人を対象とした横断調査9)によれば、腰痛の有症割合は63.4%で、社会経済的地位が低いほど、腰痛を患う人が多いという結果であった【表1】。
【表1】社会経済的地位と腰痛の有症割合(参考文献9より筆者作成)
社会経済的地位 | 有病割合の相対リスク比(95%信頼区間) | |
---|---|---|
教育年数 | 13年以上 | 基準 |
10~12年 | 1.03(0.98~1.08) | |
10年未満 | 1.05(1.002~1.10) | |
年収 | 300万円以上 | 基準 |
200万〜299万円 | 1.02(0.97~1.08) | |
100万〜199万円 | 1.05(1.002~1.11) | |
100万円未満 | 1.12(1.06~1.19) | |
主観的な経済状況 | 非常に良好 | 基準 |
良好 | 1.04(0.98~1.11) | |
厳しい | 1.14(1.07~1.22) | |
非常に厳しい | 1.22(1.11~1.33) |
このように、腰痛の発症とその慢性化に関わる要因は膨大である。このことはまた、腰痛をもたらし得る要因と、プラセボ効果の接点も多様であることを意味する。特に、ストレスや不安など、心理的要因に対するプラセボ効果の余地は大きいはずだ。
腰痛症状に対するプラセボ効果
本連載の第3回では、オープンラベルプラセボについて論じ、腰痛に対するプラセボの有効性を検証したランダム化比較試験10)を紹介した。繰り返しになるが、研究の概要と結果をあらためて紹介しよう。
ポルトガルで行われたこの研究は、2016年に国際疼痛学会誌に掲載されたもので、持続的な腰痛を患う97人が対象となっている。被験者は通常ケアのみを行う群、もしくは通常ケアに加えてプラセボを投与する群にランダムに割り付けられ、腰痛症状が比較された。なお、この研究では被験者に対してプラセボを用いることが事前に開示されており、プラセボやプラセボ効果に関する説明まで行われている。このようなプラセボをオープンラベルプラセボと呼ぶのであった。
解析の結果、通常ケアのみを行った群と比べて、通常ケアに加えてプラセボを投与した群で、統計学的にも有意に腰痛症状の改善を認めた。プラセボだと分かってプラセボを服用しても腰痛が軽減したという研究結果に、驚きを覚えた読者は少なくないはずだ。
被験者の募集方法とプラセボ効果発現の余地
腰痛に対するオープンラベルプラセボのランダム化比較試験と、前回の記事で紹介した小児咳嗽に対するチペピジンの効果を検討したランダム化比較試験を比較しながら考察を進めたい。各試験において、どのような方法で被験者が募集されていたかに注目してほしい【表2】。
【表2】被験者の募集方法の違い
小児咳嗽に対するチペピジンの効果を検討したランダム化比較試験(非盲検試験) | 腰痛に対するプラセボ効果を検討したランダム化比較試験(非盲検試験) |
---|---|
「現在、小児科や耳鼻科で咳止めとして使われることの多いアスベリン(一般名:チペピジンヒベンズ酸塩)ですが、お子さんに投与した場合、薬がなかったとき(自然経過)に比べて早く咳が止まるのかどうかは分かっていません。 そこで、咳をするお子さんに対してより良い診療を行うことを目的に、アスベリンの効果を調べるための臨床研究を行うことになりました。ご協力をよろしくお願いします」 (The journal of ambulatory and general pediatrics 22(2), 124-132, 2019-05より引用) |
「Participants were recruited from advertisements for “a novel mind–body clinical study of chronic low back pain” in flyers, posters, Facebook posts, magazine advertising, and referrals from health care professionals」. (被験者は、チラシ、ポスター、Facebook投稿、雑誌広告、医療従事者からの紹介などによって、"慢性腰痛の新しい心と体の臨床研究 "という広告文で募集された) (Pain. 2016 Dec;157(12):2766-2772. PMID: 27755279より引用)) |
結果:咳嗽症状に対するチペピジンの効果不明 | 結果:腰痛に対するプラセボは疼痛を軽減 |
小児咳嗽に対するチペピジンの効果を検討した ランダム化比較試験(非盲検試験) |
腰痛に対するプラセボ効果を検討したランダム 化比較試験(非盲検試験) |
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「現在、小児科や耳鼻科で咳止めとして使われ ることの多いアスベリン(一般名:チペピジンヒ ベンズ酸塩)ですが、お子さんに投与した場合、 薬がなかったとき(自然経過)に比べて早く 咳が止まるのかどうかは分かっていません。 そこで、咳をするお子さんに対してより良い 診療を行うことを目的に、アスベリンの効果を 調べるための臨床研究を行うことになりました。 ご協力をよろしくお願いします」 (The journal of ambulatory and general pediatrics 22(2), 124-132, 2019-05より引用) |
「Participants were recruited from advertisements for “a novel mind– body clinical study of chronic low back pain” in flyers, posters, Facebook posts, magazine advertising, and referrals from health care professionals」. (被験者は、チラシ、ポスター、Facebook投 稿、雑誌広告、医療従事者からの紹介などによ って、"慢性腰痛の新しい心と体の臨床研究 "と いう広告文で募集された) (Pain. 2016 Dec;157(12):2766-2772. PMID: 27755279より引用)) |
結果:咳嗽症状に対するチペピジンの効果不明 | 結果:腰痛に対するプラセボは疼痛を軽減 |
咳嗽に対するチペピジンの有効性を検討したランダム化比較試験では、チペピジンに対してネガティブな印象を与える情報が提供されており、プラセボ効果が出にくい環境であった可能性は前回も指摘した。一方で、腰痛のランダム化比較試験はどうだろうか。
被験者の募集にソーシャル・ネットワーク・メディア等が利用されており、極めてカジュアルな印象を受けるのは僕だけだろうか。医療機関に受診した人を研究に組み入れる一般的な臨床試験とは、かなり趣が異なる。実際のところ、どのような方法で被験者が募集されていたかは論文の記載事項から推測するより他ない。しかし、“a novel mind–body clinical study of chronic low back pain”という広告文は、腰痛に悩む人にとってネガティブどころか、ポジティブな印象さえ与えるのではないか。つまり、同研究では最初からプラセボ効果の影響を受けやすい被験者、あるいは環境だった可能性を指摘できるだろう。
腰痛に対するプラセボ効果、日本人での検証結果
腰痛に対するオープンラベルプラセボの有効性について、日本人を対象とした研究11)が2020年に報告されている。この研究では、腰痛を患う52人が対象となった。ポルトガルの研究と同様、被験者は通常ケアのみを行う群、もしくは通常ケアに加えてプラセボを投与する群にランダムに割り付けられ、腰痛症状が比較されている。その結果、残念ながら腰痛症状に統計学的有意な差を認めなかった。
2つの研究で結果が一貫しない理由は何だろうか。おそらく、研究手法そのものに大きな違いはなく、差異があるとすれば人種や被験者数くらいであろう。この論文著者らも、プラセボ効果の度合いや、疼痛に対する感受性が人種によって異なる可能性を挙げている。しかし、疼痛症状の改善を認めなかったのは、単に人種差の問題だけだろうか。
研究参加者が抱く治療への期待は、被験者の募集方法や研究開始前の説明内容によって大きく異なるはずだ。ポルトガルの研究に比べて日本の研究では、プラセボ治療に対する期待感が低い被験者だったのかもしれない。なお、被験者の募集方法について、論文や臨床試験が登録されているウェブサイト12)に明確な記載は見当たらなかった。
腰痛の緩和において、プラセボが果たす役割は決して小さくないことは、これまでの報告されている研究データから明らかである13)。マインドフルネス14)や心身プログラム15)など、腰痛に対する非薬物療法の有益性が複数の研究で報告されている理由も、腰痛緩和におけるプラセボ効果の余地が多いからかもしれない。
一連の考察から浮彫となるのは、患者の治療に対する期待感がプラセボ効果の大きさを規定する強い要因であることだ。得られる治療効果は、腰痛に対する治療をどのように説明するかによって変わってくる可能性がある。そういう意味では薬の直接的な薬理作用と、服薬説明によりもたらされるプラセボ効果は、期待される治療の効果としては対等のものと考えて良いかもしれない。プラセボ効果を最大限に引き出す服薬説明の仕方を模索することも、薬剤師の重要な役割の一つであろう。
臨床試験では、被験者の倫理性や安全性に配慮して、研究目的や実施される治療について、事前に詳細な説明が行われる。そのため、被験者の募集方法や研究目的等の説明の仕方は、被験者の治療に対する期待感に少なからず影響を及ぼす。このことはまた、研究方法の妥当性とは無関係に解析結果にバイアスをもたらす可能性がある。そういう意味では、臨床試験の結果は、あらかじめ設定された研究の目的(研究立案者の意図)に大きく左右されるといえるかもしれない。
しかし、このことは薬剤師にとってはむしろポジティブな意味でも解釈できる。薬の効果をどのように説明するかによって、患者に現れるプラセボ効果も大きく変化する可能性が示唆されるからだ。薬の直接的な薬理作用と、服薬説明によりもたらされるプラセボ効果は、期待される治療の効果としては対等のものと考えて良いかもしれない。薬剤師による対人業務に関心が集まる中で、プラセボ効果を最大限に引き出すために必要な服薬説明の仕方を模索することも肝要である。
【参考文献】
1) Best Pract Res Clin Rheumatol. 2007 Feb;21(1):77-91. PMID: 17350545
2) Version 2. F1000Res. 2016 Jun 28 [revised 2016 Oct 11];5.PMID: 27408698
3) BMC Musculoskelet Disord. 2014 Feb 21;15:50 PMID: 24559519
4) BMC Musculoskelet Disord. 2019 Oct 27;20(1):486.PMID: 31656184
5) Spine (Phila Pa 1976). 2002 Mar 1;27(5):E109-20.PMID: 11880847
6) BMJ. 2006 Jun 17; 332(7555): 1430–1434.PMID: 16777886
7) Arthritis Care Res (Hoboken). 2015 Nov;67(11):1591-603. PMID:25989342
8) J Behav Med. 2007 Feb;30(1):77-94.PMID: 17180640
9) Int J Equity Health. 2019 Jan 21;18(1):15. PMID: 30665404
10) Pain. 2016 Dec;157(12):2766-2772. PMID: 27755279
11) Pain Res Manag. 2020 Dec 28;2020:6636979. PMID: 33425079
12) 慢性腰痛患者に対するオープンラベルプラセボ効果の解明
13) Eur J Pain. 2021 Oct;25(9):1876-1897. PMID: 34051018
14) JAMA. 2016 Mar 22-29;315(12):1240-9. PMID: 27002445
15) JAMA Intern Med. 2016 Mar;176(3):329-37. PMID: 26903081