プラセボ効果-人と生活と、ときどき薬理

更新日: 2022年7月1日 青島 周一

漢方薬とプラセボの関係について。薬の専門家として意識しておくこと

プラセボ効果-人と生活と、ときどき薬理メインの画像1

日本で用いられている医療用の漢方製剤には、おおよそ半世紀ほどの歴史がある。1967年には6品目の漢方製剤が薬価収載され、1976年には42処方60品目が導入、2000年には148処方848品目にまで拡大した1)

漢方製剤は、日本の医師の8割以上が処方経験を有しているといわれており、臨床現場でも身近な薬の一つである2)。今回は、漢方製剤の有効性を検討したエビデンスを紐解きながら、その効果に占めるプラセボ的な影響の大きさを見積もり、実臨床における漢方薬の考え方や服薬説明のポイントを考察する。

漢方薬のエビデンスはどれくらい報告されている?

2011年に報告されたレビュー論文3)によれば、1988年から2007年の間に発表された漢方製剤の研究報告は135件であり、プラセボを対照としたランダム化比較試験は22件、標準治療を対照としたランダム化比較試験は53件であった。この論文ではPubMedおよび医学中央雑誌に収載された研究のみをレビュー対象としているが、漢方製剤に関する臨床研究は20年間で135件、つまり年間報告数は平均で1報未満にすぎない。

加えて、漢方製剤の有効性を検討した研究は多くは、小規模症例を対象としたものであり、135件の2/3は症例数が100人未満の研究であった。また、研究の方法論的妥当性も低く、英語で発表された研究は35件である。ちなみに、症例数が少ない研究では、統計的有意な結果が得られたとしても、その妥当性は必ずしも高くないことが知られている4)

一方で、2021年に報告されたレビュー論文5)では、漢方製剤の研究報告数は2000年以降に増加していることが示された。ただし、ランダム化比較試験に限ると報告件数は増加しておらず、1990年代と同レベルであった。

漢方薬のエビデンスから垣間見るプラセボ効果の影響

漢方製剤の有効性を検討した研究は、報告数としては増加傾向にあるものの、二重盲検プラセボ対照ランダム化比較試験のような、方法論的妥当性の高い研究報告は限られている。漢方製剤と見た目や味、匂いなどが同等で、薬剤成分が含まれていない漢方プラセボの作成が困難であることもその理由の一つかもしれない。実際のところ、漢方製剤とプラセボを、厳密な二重盲検法を用いて比較することは極めて難しい6)

そのような中でも、漢方製剤の有効性を検討したプラセボ対照二重盲検ランダム化比較試験が皆無というわけではない。そして、より重要なことは、プラセボを用いない投与前後比較試験や、盲検化がなされていない臨床試験で漢方製剤の有効性が示されたとしても、二重盲検法を用いたプラセボ対照試験で検証すれば、プラセボを上回る効果が示されることはほとんどないという事実である。その代表例が、薬剤性末梢神経障害に対する牛車腎気丸の効果かもしれない。

結腸・直腸癌に用いられるオキサリプラチンは、高頻度で末梢神経障害を引き起こすことが知られている7)。2011年に、mFOLFOX6療法(フルオロウラシル 、ロイコボリン、オキサリプラチン)を受けている45人を対象に、末梢神経障害に対する牛車腎気丸の有効性を検討した非盲検ランダム化比較試験の結果8)が報告された。この報告によれば、末梢神経障害の発生率は、牛車腎気丸を投与しない群と比べて、牛車腎気丸を投与した群で有意に低いことが示されている。

しかし、2015年に報告されたGENIUS試験9)では、有効性が示されないどころか、牛車腎気丸の投与で末梢神経障害が有意に増加した。GENIUS試験は、mFOLFOX6療法を受けている大腸がん患者142人を対象としたプラセボ対照二重盲検ランダム化比較試験であった。

牛車腎気丸の研究結果は一つの例に過ぎない。【表1】示したように、漢方製剤の有効性が非盲検下で示されたとしても、二重盲検法を用いたプラセボ対照ランダム化比較試験で、プラセボを上回る効果が示されることは稀である。このことはまた、漢方製剤が臨床的に無意味であることを意味しないが、その有効性に占めるプラセボ効果の割合が極めて大きいことを示唆している。ゆえに、漢方製剤のエビデンスを活用するにあたっては、有害事象の可能性に十分に配慮しつつも、プラセボ的な効果を如何に引き出せるような服薬説明を行えるかが重要かもしれない。

【表1】漢方製剤の有効性を検証した非盲検試験と二重盲検試験の比較

漢方製剤 非盲検試験 PMID プラセボ対照二重盲検試験 PMID
牛車腎気丸 薬剤性末梢神経障害の
リスクを低下
21258836 薬剤性末梢神経障害リスク
を高める可能性
25627820
桔梗湯* 上気道炎による咽頭痛を
緩和する
24356393 上気道炎による咽頭痛を
緩和しない
31178508
加味逍遙散 閉経後女性の睡眠障害を
改善
21120510 更年期症状を改善せず 32733592
抑肝散 アルツハイマー型認知症の
BPSD**を改善
20170698 アルツハイマー型認知症の
BPSDを改善せず
26711658
半夏瀉心湯 化学療法中の口腔内潰瘍を
改善
24943276 化学療法中の口腔内潰瘍を
改善せず
24652604

*桔梗湯については本連載の過去記事「不確実性としてのプラセボ効果」も参照
*BPSD: Behavioral and Psychological Symptom of Dementia

表現者としての薬剤師

漢方製剤と西洋薬はその背景理論も異なり、日本では区別して考えられることが一般的である。しかし、どちらの薬も薬理作用に基づく生物学的な影響だけで臨床効果が形作られているわけではない。薬剤効果の多因子性を思い出していただければ明らかなように、漢方製剤も西洋薬も、そのどちらにもプラセボ的な効果の影響は起こり得る。

つまり、漢方製剤と西洋薬という種類の差があるのではなく、両者は程度の差ともいえるのだ。しかし、この程度の差の延長線上には、いわゆる「トンデモ」と呼ばれるような医療や、日本では科学的とは認められていないホメオパシー医学も地続きであることに注意が必要である。

そのような中で、漢方製剤のプラセボ的効果を効率よく引き出すためには、どのようなアプローチが考えられるだろうか。コロナ禍で関心を集めた二酸化塩素の除菌グッズを例に考えてみよう。

「空間除菌」などと言われ、広く関心を集めた二酸化塩素の除菌グッズだが、その効果に関するエビデンスがないわけではない。実際、除菌グッズを販売していた会社の中には、エビデンスに基づくマーケティングと称して、研究論文を引用した販促戦略を展開していた会社もある。しかし、エビデンスに基づくマーケティングで提示された論文の多くは、動物実験の結果やランダム化されていない観察的な研究の結果であった。

そもそも現時点において、除菌グッズの有用性を検証した方法論的妥当性の高いランダム化比較試験は実施されていない。それにも関わらず、二酸化塩素の除菌グッズがコロナ禍で売上を伸ばしたのは、エビデンスの妥当性というよりはむしろ「空間除菌」という言葉の表現だったともいえる。

二酸化塩素の除菌グッズとその売上の拡大が示唆していることは、どんなエビデンスであったとしても、そこに表現豊かな言葉を付け加えることによって製品価値を高めることができる可能性だ。実際的な有効性(あるいは有用性)を明確に提示せずとも、付け加えられた製品価値だけで効果がある印象をユーザーに与えることができる。

むろん、このようなエビデンスの使い方が必ずしも正しい使い方だとは思えないし、薬の専門家たる薬剤師の立場にあっては、空間除菌などという言葉に対して批判的な眼差しを向けるべきであろう。トンデモ医療と妥当な医療は種類の差ではなく程度の差ではあるが、その程度が行き過ぎていることもまた許容できない。

しかし一方で、漢方製剤の効果について、「プラセボと変わらない効果でしかない」というような服薬説明で患者の生活が豊かになるとも思えない。むろん、明らかな有害事象が懸念される、あるいは標準的な治療を受ける機会を逃してしまうといった状況には十分な配慮が必要である。ただ、漢方薬の有効性を最大限に引き出すポイントは、まさに「空間除菌」のような言葉表現にあるように思える。そういう意味では、薬剤師の仕事はある種の表現者という側面が強いのかもしれない。

まとめ

漢方製剤の有効性や安全性を検証した方法論的妥当性の高い研究は限られている。また、妥当性の低い研究で有効性が示されたとしても、プラセボを用いた二重盲検ランダム化比較試験で検証すれば、漢方薬の効果がプラセボを上回ることは稀である。このことは、漢方薬が臨床的に無意味であることを意味しないが、その有効性に占めるプラセボ効果の割合が極めて大きいことを示唆している。

一方で、漢方製剤の効果について、「プラセボと変わらない効果でしかない」というような服薬説明で患者の生活が豊かになるとも思えない。漢方薬の有効性を最大限に引き出すポイントは、漢方薬の効果をどう説明するか、その「表現」に依存しているといっても過言ではない。

【参考文献】
1) 日本東洋医学雑誌.2010年61巻7号p.881-888.doi:10.3937/kampomed.61.881
2) Chin J Integr Med. 2011 Feb;17(2):85-7.PMID: 2139057
3) Evid Based Complement Alternat Med. 2011;2011:513842.PMID: 21687585
4) Circ Cardiovasc Qual Outcomes.2019 Dec;12(12):e005755.2019.PMID: 31822121
5) Integr Med Res. 2021 Sep;10(3):100722. PMID: 34136346
6) BMC Complement Altern Med. 2019 Nov 6;19(1):299. PMID: 31694626
7) Ann Pharmacother. 2005 Jan;39(1):128-35.PMID: 15590869
8) Int J Clin Oncol. 2011 Aug;16(4):322-7.PMID: 21258836
9) Int J Clin Oncol. 2015 Aug;20(4):767-75. PMID:25627820

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青島 周一
あおしま しゅういち

2004 年城西大学薬学部卒業。保険薬局勤務を経て2012 年より医療法人社団徳仁会中野病院(栃木県栃木市)勤務。特定非営利活動法人アヘッドマップ共同代表。
主な著書に『OTC医薬品 どんなふうに販売したらイイですか?(金芳堂)』『医療情報を見る、医療情報から見る エビデンスと向き合うための10のスキル(金芳堂)』『医学論文を読んで活用するための10講義(中外医学社)』

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