「対人業務」へシフトできない薬剤師・薬局は厳しい時代に
薬剤師の業務が「対物から対人へ」と急速に変化する中、国民・社会求められる薬剤師の役割、あるべき薬剤師像とはどういうものなのか。病院薬剤師として臨床経験を持ち、昭和薬科大学の就職支援委員長も務める渡部一宏教授に話を聞きました。
2019年薬機法改正で変わった「薬剤師・薬局のあり方」
近年、薬剤師に求められる役割が大きく変化しています。現状をどのように見ていらっしゃいますか。
厚生労働省は2015年に「患者のための薬局ビジョン」を公表し、その中でこれからの薬剤師の業務のあり方が「対物業務から対人業務へ」との方針を明確に示しました。薬剤師の業務は従来、基本的に「物」を中心に扱っていました。
薬を調剤して、患者にただ渡すというのが薬剤師の仕事の中心であったとも言えるでしょうか。もちろん窓口で薬の飲み方や副作用などは説明していましたが、国民や社会から見ると厳しい見方ですがそれは「対物業務」にすぎない。
それではダメなんです、「対物」から「対人」つまり患者さんケア中心の業務にシフトしなければならないことを国が初めて打ち出したのが同ビジョンです。
では、「対人業務」とはどういうものか。薬を渡して患者さんがきちんと飲んでからがスタートです。
薬の効果は現れたのか?副作用は出ていないか?といったことを継続的に確認することが重要で、その実践こそが薬剤師の「対人業務」だと言えます。2019年に改正された薬機法でも、薬剤師とは「薬を揃えて渡してくれる人」ではなく、「薬を飲んだ後までフォローしてくれる人」との意図が明記されています。
繰り返しになりますが、患者さんに薬を渡し親切にわかりやすく説明することだけが薬剤師の業務ではなく、薬を渡した後、その効果や副作用の有無を確認に加え、服薬アドヒアランスなどもチェックし、必要に応じて医師にフィードバックすることが薬剤師の本来の業務であるということです。
話をうかがった渡部先生は昭和薬科大学の1995年度卒業生でもある
そうすると「対人業務」にシフトできない薬剤師、薬局は厳しくなっていきますね。
そういうことです。シフトできない薬剤師個人だけではなく、薬局も厳しくなるでしょう。先ほどの改正薬機法ではほかに2つのポイントが注目されます。
第1のポイントは、「患者自身が自分に適した薬局を選択できる」ようにするため、「機能別薬局制度」が導入されたことです。機能別薬局には「地域連携薬局」と「専門医療機能連携薬局」の2種類があります。
「地域連携薬局」は、入退院時や在宅医療に他医療提供施設と連携して対応できることが条件になります。「専門医療機関連携薬局」は、がん等の専門的な薬学管理に他医療提供施設と連携して対応できる薬局に認定されます。
機能別薬局に認定されると、薬局の看板にその名称をかかげることになるでしょう。例えば、がん患者さんであれば、「がん専門医療機関関連連携薬局」と書かれた薬局で処方箋の調剤をしてもらおうと思いますよね。在宅医療を受けているならば、「地域連携薬局」を選ぶ。つまり、機能別薬局でない「普通の薬局」は、これからの「対人業務」時代における存在の意義が薄く、厳しい状況になっていくのではないでしょうか。
2020年の調剤報酬改定が、対人業務へのシフトを後押し
改正薬機法のもう一つのポイントは何でしょうか。
第2のポイントは、「非薬剤師による調剤行為の許可」です。調剤行為の一部について、事務スタッフや研修を受けたサポーターにやってもらうというものです。これも「対人業務」を促進するために薬剤師の「対物業務」を軽減、効率化する狙いがあります。
さらに付け加えると、2020年度の調剤報酬改定では薬局の「対物業務」から「対人業務」への構造的な転換を推進する方向になりました。
つまり、対物業務だけやっていては薬局の経営は成り立たない時代に入ってきたといえます。こうした薬機法の改正や調剤報酬改定を受けて、薬局は生き残りをかけた時代にはいりました。各薬局では薬剤師スタッフに対し「対人業務」の教育研修を充実させ、今後どのような機能別薬局を目指すのかということを模索している状況だと思います。
いま薬局は全国に約6万件ありますが、将来的には半分に減るとみられています。約3万件です。今後はAI(人工知能)なども出てきますから、機械に任せられる部分はより増えます。そうすると「対人業務」ができる薬剤師と薬局だけが残っていくことになりますから、3万件という試算は起こりえる数字のように思います。
逆のとらえかたをすると、「対人業務」に優れた意欲のある薬剤師は活躍の場が広がりますね。
その通りです。
2019年4月に施行された「働き方改革法」に関連し、厚労省の「医師の働き方改革を進めるためのタスク・シフト/シェアの推進に関する検討会」(2020年2月19日)で、現行制度上で医師から薬剤師に移管できる業務について、「特に推進するもの」として7項目が示されました。「事前に取り決めたプロトコールに沿って処方された薬剤の変更」(院内薬局)や「薬の効果・副作用状況の把握、服薬指導の実施」(病棟・外来)「患者を訪床などして情報収集し、医師に処方提案や処方支援を実施」(病棟・院内薬局)医師の許可を得なくても薬剤師の判断でできることが増えるということです。
これはチャンスだと思います。「対物業務から対人業務へ」という流れの中で、薬剤師が医療人としての役割を発揮することが、国民や社会から求められています。
こうしたチャンスは過去にも何回かありましたが、その潮流に薬局業界全体として乗れなかった歴史があります。真の「医療者 薬剤師」として確立するために、いまの社会の動きを的確にとらえてチャンスとして生かすことができれば、10年後、本当の意味での「医療者 薬剤師」が現れ、患者さん社会から信頼される時代がやってくるでしょう。
我われ薬科大学には、国民や社会から信頼される薬剤師の人材を輩出していく責任があります。その意味で薬科大学も大きなプレッシャーがありますよ。少子化の中で将来薬剤師を目指す高校生に、薬科大学を選んでもらい、その学生さん達を育て、医療社会へ送り出していくそんな薬科大学にならないと。薬科大学も今後場合によってはどんどん淘汰されていく時代に入っていくと思います。
東京都町田市の緑豊かな丘陵地に広がる総面積17万3000m2のキャンパス
薬剤師の働き方、薬局のあり方が変わってきたこと、それを後押しする法改正や調剤報酬改定が行われている「今」は大きく変化できるチャンスといえます。
次回「『真の医療人 薬剤師』は大学教育だけでは完成しない―患者さんから学ぶ」では、そうした変化に対応し、今後求められる薬剤師になるためにどうしたらいいのか、教育現場の最新カリキュラムや、薬剤師の卒後教育について伺います。
※本記事は2020年2月20日に行ったインタビューをもとに作成されております。
学校法人昭和薬科大学理事/
昭和薬科大学 臨床薬学教育研究センター実践薬学部門教授
渡部 一宏 (ワタナベ カズヒロ)
1995年昭和薬科大学卒、1997年同大学院修士課程修了。1997年聖路加国際病院薬剤部入職。2008年共立薬科大学大学院薬学研究科博士課程修了(博士(薬学))。2009年聖路加国際病院 薬剤部退職後、昭和薬科大学臨床薬学教育研究センター講師に着任、2013年同准教授、2017年 同大臨床薬学教育研究センター実践薬学部門教授、現在に至る。2017年5月より学校法人昭和薬科大学理事を併任。