真の「医療人 薬剤師」は大学教育だけでは完成しない―患者さんから学ぶ
前回のインタビュー「『対人業務』へシフトできない薬剤師・薬局は厳しい時代に」では、薬剤師・薬局に求められる役割が「対物業務から対人業務へ」と急速にシフトしている実状を、昭和薬科大学の渡部一宏教授に解説していただきました。今回はそうした国民や社会からのニーズに対応できる人材をどのように育成しているのかについて話をうかがいます。
医療系大学とコラボし、医学生や看護学生らとの多職種連携教育を推進
薬剤師の仕事が「対物業務から対人業務へ」とシフトする中、薬科大学はそうした人材を育成し輩出していく責務があるというお話でした。現在の薬学部カリキュラムでは、どのような教育、取り組みをされているのでしょうか。
薬学教育は2006年、それまでの4年制から6年制に変わりました。それに伴い大学のカリキュラムに、新しく「薬学教育モデル・コアカリキュラム」が導入されました。大きく変わった点の一つが、5年次に病院と薬局で各11週間の実務実習が必修科目になったことです。
同カリキュラムは2013年に改定され、対人業務やコミュニケーション力を強化するために在宅医療、チーム医療、多職種連携などが学習内容に組み込まれました。その意味では厚労省が2015年に打ち出した「対物業務から対人業務へ」(「患者のための薬局ビジョン」)という方針に先行する形で、「対人業務」に関することが臨床薬学教育に加えられたことになります。
ちなみに実務実習を受けるためには、4年次の終わりに薬学共用試験を受けて合格しなければなりません。この試験にはCBT(Computer-Based Testing)とOSCE(Objective Structured Clinical Examination:客観的臨床能力試験)の2種類があり、このOSCEにおいても在宅医療での薬学管理、バイタルサインの測定等、薬剤師の新たな対人業務に関する課題も設定されています。
地域包括ケアシステムの構築が進む中、在宅医療や多職種連携という観点で薬剤師の役割が重要になってきますね。
そう考えています。そのためには他の医療者らとのコミュニケーションが大切になります。そこで本学では2018年から聖マリアンナ医科大学、杏林大学、東京大学・聖路加国際大学の4つの大学と連携し、「多職種連携教育(IPE:Interprofessional education)」を実施しています。
2020年度からは 東海大学の医学生、看護学生、福祉学生と連携した大規模IPEを実施する予定です。IPEの教育プログラムは、薬学生が医学部生、看護学部生と数名のグループを編成し、一つの症例課題についてグループディスカッションを行って治療計画やケア計画を立てます。こうした取り組みは医療系の総合大学では可能であったものの、単科薬科大学では教育プログラムを組むことは難しく、本学のような取り組みは大変珍しいものです。
この、IPEにはもう一つ大きな狙いがあります。グループディスカッションを通じて同じ医療職を志す医学生や看護学生がどんなことを考えているのかを知ることです。本学と連携大学におけるIPEでは、4年次と学年を揃えて実施しています。同学年の学生同士フラットな関係で、それぞれの医療職における意見をざっくばらんに話し合ってほしいという考えからです。
実際、学生たちはグループディスカッション開始後すぐに打ち解け、IPEが終了した後も、LINEを交換したり、懇親会を開いたり、自由に交流しています。普段、単科大学における学生生活のコミュニティは限られていますので、こういった交流は今後の医療人としての人生において大きな糧となると思っています。
今後も連携大学の輪を広げIPEの取り組みを更に充実させたいと考えています。
薬学生、医学生、看護学生が意見を交わす。IPEグループディスカッションの様子
6年制教育を受けた薬学生が社会に出始めて約10年になります。臨床の現場ではどのような変化が起きているのでしょうか。
6年制の第一期生の卒業生は現在30代半ばくらいで、それぞれの医療現場の中堅クラスになっています。6年制教育を受け「対人業務」の重要性を理解している卒業生たちが、起爆剤となって薬剤師、薬局、そして医療業界全体が、社会のニーズにマッチするように変わってほしいと思いますね。それが私たち教育現場の思いです。
事実、4年制教育を受けた医療現場の薬剤師も若い薬剤師には負けてはいられないと言う思いもあり、「対人」にシフトするために知識やスキルをアップデートするため必死に自己研鑽し学んでいます。いまは過渡期で、全体に浸透するにはあと10年くらいかかるのではというのが私の見方です。
薬剤師の自己研鑽方法は、地域の薬剤師会の研修会や勉強会などがありますし、大学もいろいろな卒後教育の公開講座を積極的に開いており、近年、医療現場に従事する薬剤師の参加者が増えています。病院薬剤師の間では、すでに専門薬剤師制度が確立されています。例えばがん専門薬剤師になりたければ、がん診療における認定施設での研修を受け、認定試験を受けます。これからは薬局薬剤師にもそういった専門薬剤師制度が確立されると思います。
「患者さんから学ぶ」ことの大切さを伝えたい
先生はもともと病院薬剤師だったそうですが、大学教員になろうと思われたのはどういう理由からですか。
私は、東京都中央区にある聖路加国際病院で病院薬剤師をしておりました。聖路加国際病院で学んだことを生かし、後進を育成したいというのが一番の理由です。
学生に最も伝えたいのは「全人的医療」「患者さんから学ぶ」ことの大切さです。聖路加国際病院名誉院長であられた日野原重明先生が常々おっしゃっていました。医療、臨床現場で学ぶ際の一番の教科書は患者さんを診ることだと。それが、私が聖路加で学んだことの最大の財産です。そのメッセージを学生にも伝えたいと常に考えています。今でも非常勤薬剤師として、聖路加国際病院で患者を診させていただくことで自分の臨床能力をアップデートしていますよ。
私が入職した1990年代後半は、世間では病院薬剤師が病棟に出て仕事をすることは少なかった時代でしたが、聖路加病院薬剤部は、調剤室からどんどん病棟に出て仕事をしなさいという方針でした。
私が入職し衝撃的だったのは、はじめの数ヶ月は同期の研修医達と同じ教育を受けたことでした。研修医と一緒に朝夕のカンファレンスや研修会に参加し、看護師の新人教育にも同席させていただきました。医師、看護師、薬剤師が真の意味で同期と言える仲間になりました。正に、同じ釜の飯を食べた同期ですね。この私の経験が先ほどの本学でのIPE構想の背景にあります。
同期の医師や看護師らと職種を超えた仲間ができ、その後の本当に大きな財産になりました。
聖路加国際病院での貴重な経験を、大学のIPE構想に取り入れたという渡部先生
患者さんから学ばれたことで特に印象に残っているものは何ですか
患者さんから学んだことで最も印象深いのは、がん性皮膚潰瘍に苦しむ乳がん患者さんの治療にかかわったことです。聖路加国際病院では20年以上前から真のチーム医療に取り組んでいました。
私は、当時のブレストセンター長の中村清吾先生(現昭和大学医学部教授)の乳腺外科・ブレストケアチームに参加させていただきました。乳がんの終末期には乳房が崩壊し、潰瘍化し、激しい臭いを伴うケースがあります。患者さんはその臭いに苦しまれていました。
当時、私は日本では承認されていない、がん性皮膚潰瘍の臭いを抑える薬メトロニダゾールゲルの外用剤を院内製剤として調製しました。それを患者さんに適用して、効果を診る臨床研究を含めた研究活動も行っていました。その薬の必要性が国や社会から認められ、臨床試験(治験)を実施し、2015年に薬事承認され「ロゼックスゲル0.75%」という名称で発売されました。
目の前の患者さんのために取り組んだことが標準治療薬となり、より多くの患者さんに届く薬になりました。おかげさまでこの一連の活動が評価され日本薬剤学会旭化成創剤研究奨励賞、日本病院薬剤師会江口記念がん優秀活動賞を受賞することもできました。
薬剤師になる薬学生と現役薬剤師へメッセージをいただけますか。
薬学生には医療人としての薬剤師になるという意識をもって勉強してほしいですね。ただ、6年間の教育ですべてを確立できるわけではありません。
医学部は大学卒業後2年の前期研修が必修になっていますが、薬剤師も6年で卒業してすぐに医療現場で活躍できるわけでなく、各医療現場での初期研修がますます重要になってきます。
ですから現場の薬剤師の方々にも自らのスキルアップに努めていただき、新人薬剤師に対しては対人業務中心の卒後研修教育を行っていただければと思います。そうすれば本当の意味で社会から信頼される「医療人 薬剤師」の育成につながるのではないかと期待しています。
※本記事は2020年2月20日に行ったインタビューをもとに作成されております。
学校法人昭和薬科大学理事/
昭和薬科大学 臨床薬学教育研究センター実践薬学部門教授
渡部 一宏 (ワタナベ カズヒロ)
1995年昭和薬科大学卒、1997年同大学院修士課程修了。1997年聖路加国際病院薬剤部入職。2008年共立薬科大学大学院薬学研究科博士課程修了(博士(薬学))。2009年聖路加国際病院 薬剤部退職後、昭和薬科大学臨床薬学教育研究センター講師に着任、2013年同准教授、2017年 同大臨床薬学教育研究センター実践薬学部門教授、現在に至る。2017年5月より学校法人昭和薬科大学理事を併任。