頭がよくなるサプリ?不思議なパラドックスに仰天(前編)
患者さんからテレビやネットで流れた医療情報について相談を受けたことはありませんか?データに基づいた情報といえども、巧みな拡大解釈により、新薬や健康食品の有効性と安全性は歪曲されて伝わってしまうことがあります。この連載では、患者さんの悩みを解消し、適切な指導をするうえで役に立つ知識を噛み砕いて解説します。
これを読んだらわかる データの読み方のエッセンス
- 有効性を示すデータをグループ分けして比較すると、その差が消失する?
- 交絡因子の影響でこうしたパラドックスが生じることがある!
患者の誤解『サプリメントを飲んだ子どもの合格率が高い!』
小学6年生の子どものお母様から薬局にこんな相談がありました。
このサプリメントって効果があるのかしら?息子が私立中学の受験を控えているんですけど、少しでも効果が期待できるのなら試してみようかなって…。主人が東大なんですけどね、小学校のうちから勉強して、県内トップの中学校に入学したんですよ。やっぱり将来を見据えて、今のうちからしっかりと勉強を…(以下略)
持参した資料はサプリメントのネット広告を印刷したものでした。「学力アップのパートナー!」とキャッチコピーが表示されています。その名は「カシコクナールDX」(架空の商品である)。食用キノコから抽出された「カシコタケ」が主成分だそうです(もちろんこの成分も実在しない)。
「食用キノコなら害はないんだろうけど、そんなサプリメントで志望校に入れるなら苦労しないわ!」という教育熱心なパパ&ママの怒りの声が聞こえてきそうですが、その点についてはご安心を。なんとこの広告には小学生を対象とした名門中学校の合格率の調査結果が掲載されており、その有効性が示唆されているのです(表1)。
合格 | 不合格 | 合格率 | |
---|---|---|---|
服用あり | 240人 | 160人 | 60% |
服用なし | 160人 | 240人 | 40% |
表1 カシコクナールDXと合格率
なんと「カシコクナールDX」を服用している子どもたちの方が20%も合格率が高いではありませんか!こんなデータを見せられたら、子どもの将来を心配するご両親の気持ちが揺さぶられてしまうのも無理のないことでしょう。子どものためなら何でもする!それが親心なのですッ!…と、世の中のパパ&ママを代表して声高に訴えてみたものの、私は独身です…。子育ての経験がないので、「親の気持ちがわかる」などと偉そうなことは言えませんね(筆者は親心どころか、女心もわからないことで定評がある)。
さっそく、「カシコクナールDXを購入しよう!1年分お買い得セットを注文だ!」とスマホを取り上げて電話する前に、ちょっと落ち着いて考えてみたいところです。この魅力的なデータを読み解く上で、どんなピットフォールがあるでしょうか?
『解析の仕方で結果が変わる!?』
実はこの話には続きがあるのです。この調査データをさらに詳しく解析すると、とんでもないことが明らかになりました。総計800人の小学生を塾に通っているかどうかで分けて比較してみたところ、なんと「カシコクナールDX」を服用していない子どもたちの方が、合格率が少し高くなっています(表2-A,B)。表の人数がおかしいのではないかと疑いの目を向けたくなるでしょうけど、それぞれのデータを合算してみてください。合算すれば表1の通りになります。
合格 | 不合格 | 合格率 | |
---|---|---|---|
服用あり | 230人 | 142人 | 61.8% |
服用なし | 18人 | 10人 | 64.3% |
表2-A 塾に通っている生徒のみ解析
合格 | 不合格 | 合格率 | |
---|---|---|---|
服用あり | 10人 | 18人 | 35.7% |
服用なし | 142人 | 230人 | 38.2% |
表2-B 塾に通っていない生徒のみ解析
さて、これはいったいどういうことなのでしょうか…。全体での比較では「カシコクナールDX」を服用している子どもの方が20%も合格率が高かったのに、塾に通っているかどうかでグループ分けして比較すると、合格率の上昇は見られず、むしろちょっと低くなっているように見えます。その差はあまり大きくないので誤差かもしれず、「カシコクナールDX」による悪影響と言えるのかどうかはわかりませんが、これが効くのかどうかサッパリわからなくなってしまいました。
このように、集団全体で比較した場合(表1)と、集団をグループ分けして比較した場合(表2-A,B)で結果が逆転する現象を「シンプソンのパラドックス」といいます。解析の元となるデータは同じなのに、解析の仕方によって結果が矛盾しているように見える…、つまりパラドックスというわけです。