脳梗塞の基礎知識(3) 治療法の概要
現在、脳血管疾患の総患者数は115万人を超え、介護要因の疾患トップとも言われています。在宅医療の現場でも、脳梗塞の患者へ服薬指導を行うケースも多いのではないでしょうか。この連載では、内科医の視点から「薬剤師が知っておくと役立つ」脳梗塞の基礎知識や治療の変遷について、できるだけ分かりやすく解説します。
<参考文献>
1) 『脳梗塞診療読本』(中外医学社 2019) 豊田一則 編
2) 『脳卒中ガイドライン2015 [追補2019対応]』編集:日本脳卒中学会脳卒中ガイドライン委員会
3) 西山康裕、木村和美. 脳梗塞急性期治療 再開通療法とその先にある道. 日医大医会誌2018; 14(2)
4) 佐賀県医療センター好生館ホームページ
1. 脳梗塞治療の歴史
脳梗塞の治療法はここ数年で大きく変化しています。内科医である父が研修医だった頃はCT検査もあまり普及しておらず、当時の内科の教科書にはMRI検査の記載は全くありませんでした。しかし、現在はCTやMRI検査は当然のように行われ、私が研修医のときと比べても、適応薬剤は増え治療法や診断に関する論文も大量に発表されています。どの疾患でも日進月歩ではあるとは思いますが、少なくとも脳梗塞に関しては今が転換点と言えます。ではどのような変化を遂げているのでしょうか?それを理解するため、かつての救急の体制から説明するとわかりやすいので、それについて言及したいと思います。
2. 脳梗塞に対する救急対応
脳梗塞を含めた脳卒中全般はかつて「患者を動かすべからず」と言われました。これは大学の講義で名誉教授が言っていたことなので、恐らく昭和の初め頃の“正解”と推定されます。当時は脳出血が多く、動かすことで出血が広がると思われていたためでしょう。
その後、病院で適切な治療をした方が良いと判明し、搬送、それも速やかに病院へ搬送し治療を開始することが“正解”として共通認識となりました。特に脳梗塞では“Time is brain. Time loss is brain loss.”という標語があるように、病院到着後は可及的速やかに治療を開始すべきということが常識となりました。
3. 薬剤の変遷
降圧薬やPPI(プロストポンプ阻害薬)がない時代を経て、現在は抗血小板薬や抗凝固薬といった2次予防薬が多数出ています。そして最も影響を与えた治療としては、アルテプラーゼ静注療法(t-PA療法)が2005年10月に日本国で使用可能となったことが挙げられます。
アルテプラーゼは強力な血栓溶解作用を持つ薬剤です。逆に言えば使用すると「強力に血液をサラサラにする」ので、使用後に脳出血を引き起こす可能性があります。このため厳格な適応基準があり、2005年当初は発症から3時間以内かつ禁忌項目に該当しない症例のみに使用が定められました。2012年に4.5時間以内の症例に適応拡大があり、現在に至ります(なお最新の論文発表から更に適応基準が変化する可能性があり、今後の動向に注視しています)。この治療法の開発により、かつては重度の麻痺や死亡するような症例でも、歩いて病院を退院されるまで回復されるケースも出ており、本当にすごい治療だと思いました。