厄介な医師とのコミュニケーション術
皆さん、初めまして。私は都内で勤務する20年目の内科医の杉山陽一です。専門は老人科・老年内科で、時代のニーズにマッチした専門・サブスペシャリティーを持つ貴重な医師(絶滅危惧種?)です。
老年内科は扱う疾患や領域の幅広さゆえ、知識だけでなく、豊かな人間性も求められるジャンル。医療だけでなく、法律、経済、行政、時に宗教学的観点も必要な、まさに人間としての総合力を問われる奥深い学問です。
研修医時代、自分の何倍もの人生を生きてきた高齢者を診療するためには、私自身に「多様性」が必要だと気付きました。以来、就労支援・障害者雇用のナショナルセンターのお手伝い、出身大学の学部同窓会の運営、このm3.comを始め合計6つの執筆・監修・編集・コメンテーター、そしてボーカルなど、医師としての業務以外にも、さまざまなことに挑戦しています。
医療職の中で医師の割合が非常に小さい「回復期リハビリテーション病棟」が私の職場ですが、言い方を変えれば医師1人が担当する患者さんも多く、その分、看護師やリハビリスタッフ、ソーシャルワーカー、栄養士、そして薬剤師の皆さんには毎日どれほど助けてもらっているか分かりません。そんなコメディカルスタッフへの感謝を日々噛みしめている私から、「医師がどんなふうに薬剤師のことを考えているか」をお伝えします。少しでも薬剤師の皆さんのお役に立てれば、と思っています。ぜひお付き合いください。
「薬剤師」から見た「医師」
「皆さんから見て、医師って、正直どう思います?」と聞かれて、スゴく素敵なイメージを持たれた方は少ないのではないでしょうか?イメージが良かったとしても、「中にはいい先生もいるけどね~…」と、「けど」が付く。そこで知り合いの薬剤師に聞いてみると、医師への文句が次から次へと出てくる出てくる…。
- 「あの上から目線、何とかならないの?」
- 「せっかく処方の間違いを教えてあげたのに、コッチが悪いみたいに言われて…」
- 「腎不全のことなんて全然考えずに薬の投与量を決めるなんて、ありえないんだけど...」
- 「ポリファーマシーって知らないんじゃない? 薬、多すぎるんだけど~」
読者の皆さんが、何度も経験したシチュエーションではないでしょうか?聞いているうちにだんだん肩身が狭くなってきました。私にも覚えがあります、忙しさゆえのイライラを薬剤師さんたちにぶつけてしまったことが。 こういった医師とのイヤなやりとりは、どうすれば回避できるのでしょうか?これまで医師と薬剤師の関係について、このm3.comでアンケート(「医師・薬剤師のやりとり「直接の場合はやんわりと」◆Vol.10」)をとったところ、医師と薬剤師が相互に連絡を取った手段は、「電話」が3分の2を占めていたそうです。 …ということは、「医師とのコミュニケーション」という言葉は、「医師との電話応対」と翻訳することができます。そもそも一般の会社員に比べてビジネスマナーもできていない事が多い医師に、良識ある薬剤師の皆さんが正攻法で挑んで、正論で説き伏せようとしても逆効果です。
医師に「警戒されない」スペシャルテクニック
ここで皆さんに質問です。全く面識のない人にいきなり声をかけられたら、どんな風に思いますか?多くの場合、「警戒」するのではないでしょうか。逆に、よく知っている人から声をかけられたら、いきなり「好意」を抱くことはなくても、少なくとも「警戒はしない」のではないでしょうか。このことを活かした、私の「スペシャルコミュニケーションテクニック」を皆さんにご紹介しましょう。認知症高齢者と多く接してきた私だからこそ、のスキルです。
皆さんもご存知の通り、認知症とは「忘れてしまう病気」。古い知人だけでなく、ご家族さえも分からなくなってしまうことがあります。特に入院環境など、今までと異なる環境の変化があったときには、「せん妄」とか「不穏」といって、手が付けられないほど暴れる方も多い…。コメディカルスタッフの皆さんが手を焼く認知症高齢者に、私が取る行動は1つ。「以前からよく知っている人を装う」のです。よくイメージして、以下の文章を読んでみてください。
(と、遠くから笑顔いっぱいに近づき、手を握って、肩をパンパンと叩きながら…。 その後もその方の名前を連呼しながら)
(この間も握手した手をぶんぶん振って、親しさをアピール)
こう言われると、暴れていた認知症の高齢者も徐々に落ち着きを取り戻し、さっきの暴れん坊将軍はどこへやら。私の場合、親しみやすさを演出するためなのか、いつからか自然に「田舎訛り風」に話すようになりました。
人は、自分とは利害関係のない、アカの他人には理不尽な態度や悪態をつくことができるもの。逆によく知っている人、今後も関係が続くと思える人には、そこまで攻撃的にはなれないものです。先程の例で私は、「以前からよく知っている人」になりきることで、認知症高齢者の本能的な部分に働きかけ、不安や怒りを鎮静化させていたのです。
そこで、さっきの「認知症高齢者」を、「コミュニケーションの取りづらい厄介な医師」に置き換えて考えてみましょう。
(と、電話越しに笑顔いっぱいで話し、受話器を握って、手をパンパンと叩きながら…。 その後も医師の名前を連呼しながら)
(この間、医師から言われる無理難題をメモするべく、ペンを振るって自分を鼓舞)
この「知ってる人を装う」方法を更に高めるには、厄介な医師専属の「いつもの薬剤師」が対応するというのはどうでしょうか?そうすれば、「装う」のではなく「本当によく知る薬剤師」になります。
この「以前から知っている」と相手に思わせることで、効果を挙げているメッセージがあります。トイレによく貼ってある「いつもキレイにお使いいただき、ありがとうございます」です。先にお礼を言われたらキレイに使わざるを得ませんし、しかも「いつも」と言われたら、たとえ初めて使用するトイレでも「今回も」と思うものですよね。初めて見たとき、オシッコが止まるほど感心しました。
医師と薬剤師のコミュニケーション、私の場合
私は職場で昼食を食べる時、決まってランチタイムが始まる11時に食堂に行きます。これには幾つか理由があるのですが、実は薬剤師さん達(IさんとUさん)とランチを食べるためなのです。更に医療職がよく来る時間を外すことで、普段はあまり話す機会のない医療職以外の皆さんとのコミュニケーションに、ランチタイムを活用しています。連携室、病院広報室、電子カルテ管理部門、総務課、医事課などの皆さんと話す絶好の機会ですし、開店直後なら食堂は空いていて、ゆっくりといろいろな話ができます。
皆さんにもし、相性が良くない医師が同じ職場にいたら、敢えて積極的に、一緒にランチしてみてはいかがでしょうか?そんな時は、仕事のクレームは抑えて、「いつもお世話になってま〜す」と、気軽な挨拶から始めるのがいいかもしれません。「以前からよく知る仲」になることが、最大の目的なのですから。