杉山医師の「薬剤師に伝えたい医師のトリセツ」

更新日: 2020年7月10日 杉山 陽一

医師から見た「薬剤師」のイメージ

医師から見た「薬剤師」のイメージの画像1

日頃からお世話になっている薬剤師の皆さんに送る「医師のトリセツ」。初回は「厄介な医師とのコミュニケーション術」、第2・3回は、「ポリファーマシー」についてご紹介しました。集約すれば、薬剤師の皆さんに「医師」についてご紹介するのが目的でした。
そこで今回からは一転、医師から見た「薬剤師」という視点でお話ししたいと思います。あくまで私の「個人的見解」ですが、次回以降の話の展開として非常に重要なマイルストーンになるため敢えて書かせていただくことにしました。まずは私の体験した3つのエピソードをもとに「薬剤師の傾向」についてお話ししたいと思います。

医師から見た「薬剤師」のイメージの画像2

3つのEpisode

Episode 1:介護保険主治医意見書の「訪問薬剤指導」

2000年に始まった介護保険制度は、増大する医療費抑制のために、区別があいまいだった医療費と介護関連費用を明確に区別した政策でした。国は「介護保険料」という新たな財源を確保し、医療の付帯サービスだった「介護」に価格を設定することで、「介護関連事業」という新たな産業を生み、この20年間で一定の成果をもたらしました。

われわれ医師は、この介護保険制度が始まったことで、担当患者さんからの申請に基づいて「主治医意見書」を書くことになりました。制度開始以来、何百枚もの主治医意見書を書いてきた2010年頃だったでしょうか、地域の医療連携関連の会合でお会いした薬剤師の方からご質問をいただきました。「先生は、主治医意見書の『訪問薬剤管理指導』の欄をチェックしていらっしゃいますか?」と。恥ずかしながら私は何のことかわからず、「そんな項目、ありました?」と返すと、その方は得意気に、でもすぐに神妙な面持ちになって話してくださいました。「主治医意見書の訪問薬剤管理指導の欄に、医師がチェックをつけていないと、薬剤師は、患者宅に行って訪問薬剤管理指導をすることができないのです」、と。老年病科の医師として、高齢者の服薬管理に注意を払っていた「つもり」の私としては、10年に渡って、薬剤師が患者さんの服薬指導をするチャンスを奪っていたことに強い罪悪感を覚えました。以後、私は欠かさずに「訪問薬剤管理指導」の欄にチェックを入れることにしています。ここをチェックすれば、薬剤師が「訪問薬剤管理指導」を行って、患者さんのためにさらに実力を発揮してくれるだろうと信じて。

皆さんは、主治医意見書にある「訪問薬剤管理指導」のチェック項目をご存知でしたか?私が勉強不足だったと反省したものでしたが、この「訪問薬剤管理指導」について指摘してくれた薬剤師さんは、先程ご紹介した方、お一人だけでした。

Episode 2:持参薬の確認

他院から転院する患者さんは、必ずと言っていいほど数日分の持参薬をお持ちになります。 これまで私の勤務した病院では、転院患者さんは、まず受付や手続きをし、持参薬とともに入院病棟に向かいます。担当看護師による、説明や着替え、昼食の準備などの後、薬剤部に「持参薬確認依頼」と患者さんの持参薬が届き、「持参薬の確認」を行います。同じ日に複数の入院患者さんがいる場合は薬剤部の確認業務も多くなり、入院当日の夕食前、ときには翌日の夕方にようやく「持参薬の確認」が終わるという場合もありました。しかし、これでは患者さんは薬剤部が未確認の持参薬を服用することになり、適切な薬物治療を提供できません。
そこで、持参薬確認フローを見直すため薬剤部と何度も協議したのですが、薬剤部からは「患者さんから薬剤を直接受け取ることや、持参薬の内容を薬剤師が入力した処方内容が間違っていた場合に、『薬剤部としては責任をとれない』」と主張されたのです。
私はこの「薬剤部としては責任をとれない」という言葉に大きな違和感を覚えました。入力作業は誰がやっても一定の確率で間違うもの。そうであれば「薬剤部以外の人間が間違うのであれば、別にいい(われわれには関係がない)」、というメッセージに思えました。この言葉には、会議に出席していた他部署のスタッフも大ブーイング。そこで折衷案として、薬剤部が入力した内容を、最終的に医師が「承認」するという流れにすることで、薬剤部も納得。こうしてプロセスを見直したことで、転院直後に薬剤部が転院患者さんの薬剤を直接受け取り、持参薬の確認作業を開始。午前の転院患者さんの場合には転院当日の昼前には確認が終了するようになりました。

Episode 3:「実務実習」と「臨床実習」

薬剤師の養成課程において、最近のトピックと言えば何といっても「6年制」の導入です。医学部、歯学部に続き、薬学部でも6年制を導入したことによって、薬剤師が、より高度な、より幅広い役割を担うことが期待されます。この連載を担当していながら薬学部の教育課程についてほとんど知らなかった私ですが、薬学部のカリキュラムについて改めて調べてみました。すると、医師や看護師、リハビリの療法士の教育課程と大きく異なる点が2つありました。
それは、実習の「呼称」と「期間」です。
医学部を例にとると、実習は「臨床実習」などと呼ばれ、期間は「約1年間」です。看護学部・看護専門学校でも、同様に年単位の「実習」が行われています。病状や検査結果から実際の診療過程を学び、主治医の指導のもと、「担当した患者さんについて」学ぶのです。当然、患者さんから直接お話をうかがったり、診察させていただいたり、厳しい病状説明に同席することも少なくありません。手術や緊急措置についても「見学」以上に関わることもあります。治療方針についても学生なりに考え、プレゼンし、実際の診療の一歩手前までを経験します。対して薬学部の実習は「実務実習」。そして6年制への転換を機に、それまで「1~4週間」だった実務実習を「22週間」へと大幅に増やしました。これは実習を通じて薬剤師の実践的能力や現場対応力を強化しようという目的だと思われますが、「呼称」の通り、薬剤師としての「実務」に関する実習なのだと改めて感じました。

3つのEpisodeから

Episode 1からは、医師や看護師、リハビリスタッフでは当たり前になった「在宅医療や地域医療」に、薬剤師は積極的ではない傾向を、Episode 2からは、医療者であれば一定の確率で覚悟すべき患者さんに対する責任とリスクを極端に回避したがる傾向を、そしてEpisode 3からは、それらが薬学部独特のカリキュラムの影響による可能性があることを感じました。言い換えれば、患者さんに対する「距離感」が、薬剤師と他の医療者とでは違うのかもしれない、ということです。そして薬剤師の視線の先は、患者さんではなく 薬剤なのかもしれない、とも。
ここまでお読みになった薬剤師さんの中には、きっとご不快な思いをされた方もいらっしゃるかもしれません。私がこれまでにお会いした、ごく一部の薬剤師に対するイメージから生じた誤解なのかもしれません。しかし同時に、これまで抱いてきた薬剤師のイメージの向こう側に、私の考える「これからの薬剤師」の姿があるのです。次回は「これからの薬剤師」と題して、アフターコロナを生き抜く薬剤師像を、皆さんと一緒に模索していきたいと思います。

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杉山 陽一

医療法人社団 永生会 特別顧問、医療教育サイトFUNMED代表、国立職業リハビリテーションセンター 医療情報助言者、日本老年医学会 代議員、杏林大学医学部同窓会 理事。m3.comでは「専門外だからできる医師のキャリア形成」、「杉山医師の『薬剤師に伝えたい医師のトリセツ』」、「ケイロンの学び舎」などの連載の他、コラムを担当。

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