「フィジカルアセスメントとは何か」薬剤師が覚えたいフィジカルアセスメント
フィジカルアセスメントとは
まず、言葉の定義を確認したい。『フィジカルアセスメント』の「フィジカル」(physical)は「身体」を、「アセスメント」(assessment)は「評価」を意味する。
従って、『フィジカルアセスメント』は、「身体所見」を単に収集・把握するだけでなく、その所見の意味・原因を考え「評価」することまで含むということをまず認識して頂きたい。
身体所見のなかでも、致命的(vital)な状況を判断するために、例えば救急医療あるいは患者の急変時に、収集される所見(徴候:sign)をバイタルサインという。
具体的には、意識:昏睡、昏迷、傾眠傾向など呼吸:頻呼吸など血圧:血圧低下など脈拍:頻・徐脈、不整脈など体温:高熱、低体温であるが、「痛みに対する反応」を含む場合もある。
薬剤師にとってのフィジカルアセスメントとは
急速に進展する医療の高度化・複雑化や医療業務の拡大そして高齢化による疾病構造の変化など医療環境が変貌するなかで、安全・安心な医療を提供するために「チーム医療」の一層の推進が求められている。
「チーム医療」は、『医療に従事する多種多様な医療スタッフが、各々の高い専門性を前提に、目的と情報を共有し、業務を分担しつつも互いに連携・補完し合い、患者の状況に的確に対応した医療を提供すること』と定義されている(チーム医療の推進に関する検討会:チーム医療の推進について.(厚生労働省)2010年3月19日)。
医療の質の向上及び医療安全の確保の観点から、薬剤の専門家である薬剤師が、チーム医療の中で、主体的に薬物療法に参加することが非常に有益であるとされている。
医薬品の使用開始までの業務に関しては、既に、処方監査、疑義照会や患者への服薬指導などの医薬品情報を活用した業務が実践されている。
一方、医薬品の使用開始後の副作用発現の早期発見とその対策としての処方変更の提案など、病棟や在宅医療の場面において薬剤師が十分に活用されておらず、医師や看護師が行っている場面も少なくないとの指摘もある。
こうした状況から、現行制度の下でも薬剤師が実施しうる業務を改めて明確にし、薬物療法において薬剤師の活用を促すべきとの厚生労働省医政局通知(医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進について.(医政発0430第1号)2010年4月30日)が出された。
この中で、在宅患者を含め薬物治療を受けている患者の副作用の発現状況や有効性などの経過を確認した上で、前回処方と同一内容の処方や薬剤の変更等、積極的に処方を提案することも、薬学的管理の業務として確認されている。
このような業務を確実に遂行するためには、患者情報(自覚症状、身体所見、検査所見)を収集・評価し、医薬品情報とともに統合的に活用できる能力が必要となる。そして、患者情報のひとつである身体所見の収集と評価が『フィジカルアセスメント』である。
医師は診断や治療評価のために、看護師は看護や治療・検査の介助を実施するに当たって患者状態を知るために、身体所見を含む患者情報を収集・評価し活用している。
そして、薬剤師が医薬品の適正使用を確保するためには、医薬品が投与されるあるいはされている患者の情報は必要欠くべからざるものである。
すなわち、身体所見の収集と評価は医療現場での日常的な作業であり、医師や看護師による独占的な作業ではなく、また逆に薬剤師にとって特殊な作業でもないのである。
さらに、得られた患者情報や評価は、情報を収集した人の職種や活用目的は異なっていても、「チーム医療」の定義のなかで上述したように、チーム医療を実践する過程で医療スタッフにより共有されるべき情報である。
言い換えれば、『患者情報』は医療チームにおける共通言語である、従って、情報収集の仕方および表現には一定のルールがあり、ルールに則って収集できるようになるためには、後述するような知識・技能・態度の習得が必須である。
“患者情報”とは
上に述べたように、患者情報は自覚症状、身体所見、検査所見からなる。自覚症状は患者自身の訴えによる身体情報であり、いわゆる主観的情報(Subjective information:S)である。
一方、身体所見は検者(薬剤師、医師、看護師など)がその視覚・聴覚・触覚を駆使して、時に道具を用いて、患者の身体から得る情報である。第三者により指摘される身体情報であることから、『他覚症状』ともいわれる。
検査所見は機器を用いて患者の身体あるいは検体から得られる情報である。従って、身体所見と検査所見は客観的情報(Objective information:O)である。いわゆるSOAPの作業の中で、Oのひとつである検査所見のAが『フィジカルアセスメント』である。
自覚症状、身体所見および検査所見のおもな項目を表1に示す。
自覚症状、身体所見、検査所見の中で、どの項目について情報を収集するかは、医師、看護師などの医療チームスタッフと確認しておくことが必要である。
なぜなら、上述のように、各職種により患者情報の利用目的が異なるので、当然収集する項目も異なるからである。
例えば、医師は“治療の有効性”を判断するために“診断”の根拠となった項目の経過を観察する。一方、薬剤師が“治療薬の有効性”を判定するためには、疾病臓器に視点を置いて、基本的には医師と同じ項目を観察するが、“治療薬の安全性”を確保するためには、全身的な視点から、治療薬の副作用や薬物動態に関連する項目を観察することになる。
また、他のスタッフが関わる項目を互いに知っておくことは、チームとしての医療体制には必須であり、同時に様々な職種から情報収集を実施される患者には“安心感”や“チームへの信頼感”を与えることが出来る。
身体所見収集の意義
①身体所見収集の特徴
- 手技は身体への侵襲が少なく安全である
- 検者の五感を使うので安く、確実である
- 情報がすぐ入手できる
②薬物治療における効用
- 全身状態の評価ができる
- ルーチンの身体所見収集により、意図しない異常を発見できる
- 有効性の確認、経過観察ができる
- 安全性の確認ができる
③患者との信頼関係の構築
- 身体所見収集は一種のスキンシップ=コミュニケーション手段
④治療的役割
- 患者の身体に触れるという行為は、疾病を治すのではなく、患者の不安を和らげ病を癒すという意味
身体所見を収集するための知識・技能・態度
①知識:人体解剖学、人体生理学、病態生理学
②技能:視診・触診・打聴診
③態度
(ア)身体所見を取ることに備えての心掛けをする
例:頭髪、爪の手入れ、手洗い、口臭の対策、白衣の清潔
(イ)身体所見を取る際には、患者さんにその旨を説明し、了解を得る
(ウ)各手技で患者さんに不快な思いをさせない配慮をする 例:手、聴診器を暖める
(エ)手順を患者さんに説明しながら進める
執筆:大野 勲
Souce:
「一般社団法人日本病院薬剤師会:薬剤師によるフィジカルアセスメント~バイタルサインを学ぶ~(医薬品に関連した副作用として身体所見把握するための基礎を修得する),2012年6月9日. (https://www.jshp.or.jp/activity/guideline/20120622-1.pdf)2024年4月15日参照」
※上記は2012年に執筆された寄稿です。