薬剤師の在宅医療のリアル~苦労とやりがい~

更新日: 2022年9月21日 高橋 伸夫

在宅薬剤師の役割は、チーム医療で患者さんの“日常”を守ること

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在宅医療において、訪問時の苦労話・辛い話は尽きることがありません。家が汚れていて靴下が正体不明の液体で濡れたり、訪問時にトイレで患者が転倒し起き上がれなくなっていたり、私自身も色々な経験をしました。先輩には、輸液を背負って雪の中を歩いて訪問した人や訪問時に患者さんが亡くなっていた経験をした人もいます。中でも特に辛いのは、小児や若い患者さんを看取ったときです。残される家族のことを思い胸が締め付けられます。在宅医療の現場はそんな苦労の繰り返しです。

しかし、在宅医療をやめたいかと問われれば答えはノーです。今回のコラム執筆に当たり、在宅医療に従事する多くの同僚や先輩に話を聞きましたが、全員から「こんな家に二度と行くか!と思ったことは一度もない」という答えが返ってきました。

では、なぜ苦労も多い在宅医療を続けられるのでしょうか。それは受ける苦労以上に、患者さんのQOLに貢献できているというやりがいがあるからです。

私たち薬剤師は大学進学の時に医療職にあこがれ受験勉強に明け暮れ、薬学部に入学してなお努力を続け薬剤師になりました。そんな私達には、患者さんのためなら苦労をいとわない“血”が流れているのかもしれません。

この連載ではそんな在宅医療に携わる薬剤師が、どんな思いで患者さんの家に訪問しているのかを追体験していただければと思います。

在宅医療を通じて「自宅での看取り」を支えたい

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在宅医療に対する関心のきっかけは祖父の死

私が在宅医療に興味を持ったのは、学生時代に読んだ「まごころという薬を届けて 訪問服薬というお仕事」という本がきっかけでした。そこには、患者さんの治療だけでなく、それぞれの生活に寄り添い支える在宅医療の薬剤師について書かれており、感銘を受けたのです。また私自身、祖父が「自宅に帰りたい」と言いながら叶わずに病院で亡くなった経験があったため、自宅での看取りに関心がありました。在宅医療において薬剤師は自宅で看取られたいという患者さんたちの思いを支えられることを知り、在宅医療の中でも特に終末期を支えられる薬剤師になりたいと思うようになりました。

病院から薬剤師としてのキャリアをスタート

しかし、学生だったその時は思い描く「終末期を支えられる薬剤師」に向けて何を努力すべきなのか、どのようなキャリアを選ぶべきなのか分かりませんでした。そこで、緩和医療薬学会に参加して在宅緩和医療の発表をされている薬剤師の先生に相談したところ、「多職種連携や緩和医療、注射薬の勉強ができる病院に就職することが、将来的に在宅医療をする力になる」と助言をいただきました。

この助言を受けて、私は病院への就職を決め、国際医療福祉大学三田病院で薬剤師としてのキャリアを始めました。三田病院では外来患者と入院患者の調剤業務、褥瘡対策チーム、栄養サポートチームの一員として活動しました。そして3年間勉強した後、いよいよ在宅医療の現場で力を発揮すべく薬局に転職しました。私が転職したフロンティアファーマシーは末期がん患者の対応に力を入れており、年間200件近く看取っていることが選んだ決め手になりました。

患者さんの”日常”を支えることが在宅薬剤師の役割

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患者家族の1分1秒の重さを実感

在宅医療に関わる中で気付かされた大切なことは、患者さんは治療をするために家に帰ってきたのではなく、「日常生活を取り戻すために帰ってきている」ということです。“日常”とは子どもに料理をつくることだったり、家族との談笑だったり、ペットと過ごしたりと十人十色です。そうした一人ひとりの大切な時間をできる限り長く保てるように支えることが肝要です。

たとえば、私達にとっての1分1秒と患者さんや家族にとっての1分1秒が決定的に違うと思い知らされたことがありました。ある30代の末期がんの患者さんの話です。患者さんはがんの影響で寝たきりで、意思疎通はおろか自力で目を閉じることができません。看護師でもある奥様に乾燥する目のケアについて説明をして、帰ろうとした時でした。奥様は私を玄関まで送るためにベットサイドを離れる時に、ご主人に向かって「玄関に行くだけだからね。大丈夫、すぐ戻るから待っていてね」と言ったのです。その一言に奥様が片時もベットサイドを離れたくない気持ちと、「離れている間にお別れなんて嫌だよ」という切実な思いを感じました。

このとき私は、私達が薬剤管理のために使う時間に1秒でも無駄があってはならないと痛感しました。薬剤師は残薬の確認、服薬説明、カレンダーセット、痛みの確認、副作用確認、患者と家族の精神的なフォローなど、介入しようと思えばやれることは沢山あります。しかし、医師、看護師、薬剤師、ケアマネ、ヘルパー、ボランティアが連携して重複する確認事項や業務を省くことで、患者さんや家族の大切な時間を医療職が消費することを最小限にするという関わり方もあるのです。

実際、私達の薬局ではクリニックの医師を中心に週2回、医師や看護師、薬剤師、ケアマネでオンラインカンファレンスを行っています。病名や使用薬剤、状態だけでなく、生い立ちや信仰している宗教や趣味などの情報も共有され、患者さんのパーソナリティーを理解するための時間も自宅での服薬管理をする時間も最小限に抑えています。

特別なことはしなくても、在宅医療チームの一員として信頼される薬剤師になれる

続いて、もうひとつ医療従事者がチームで協力することの大切さを実感した事例をご紹介します。ご主人を3週間前にがんで看取った40代女性で、ご本人も乳がんが8ヶ月前に見つかり終末期を迎えた方でした。10代のお子さんが2人おり、残される子供のことを1番に心配していました。自宅では娘さんと一緒にお風呂に入ったり、添い寝をしたり、お弁当を一緒につくったりと充実して過ごしました。しかし、病状が進行し体力が落ちていく中で子供達にメッセージを残したいという思いから、ボランティアさんが手紙の代筆支援を行いました。体調が良くない日もボランティアさんが来ると笑顔が増えていたそうです。最後は無事に手紙をお子さんたちに渡すことができ、看護師さんと一緒にお子さんもエンジェルケア*を行いました。

お看取りまで33日間と、とても短い期間でした。私が薬剤師として介入したことは、痛みに合わせて変化するオピオイドの容量に合わせ、薬をお届けすることだけです。特別なことはしていません。ですが、娘さんから「家で一緒に過ごせて良かったです。ありがとうございました」とチームに向けて感謝の言葉をいただいたと看護師から報告を受けたとき、その一員として働けたことに誇りを感じました。チームが一丸となり最後の命を精一杯に輝かせ、残された家族に生きる希望を与える仕事の一端を担えた実感があったからです。

薬剤師一人、医師一人ではできないことでも医療職、介護職、ボランティアが一丸となることで、患者さんの貴重な“日常”を取り戻し、生み出せる奇跡があると思います。そして、チームメンバーを信頼し、信頼されることが薬剤師として在宅医療に関わることの醍醐味ではないでしょうか。

エンジェルケア…死後に行う処置、保清、死化粧などすべての死後ケアのこと

患者さんのために自分らしく働ける薬剤師を増やしたい

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私は今後挑戦したいことが3つあります。1つ目は、在宅緩和ケアの症例や取り組みをまとめて発表し、年間200件近いお看取りを支えてきた経験を学会発表などの形で残し、在宅緩和医療の普及に少しでも貢献することです。願わくば、在宅医療にやりがいを感じて活躍してくれる仲間を一人でも増やしていきたいです。

2つ目は、介護施設の薬物医療の質の向上に貢献することです。薬剤師にとって在宅医療は個人宅だけでなく、介護施設も重要な活躍の場です。今後の多死社会をいかに支えるかは大きな社会問題であり、介護施設が大きな役割を担います。薬剤師が高齢者施設の中で薬剤管理にもっと介入することで質を向上することができると思います。

3つ目は、キャリアコンサルタントの国家資格を取得し、薬剤師専門のキャリアコンサルタントとして活動することです。近年、社会変化に合わせて薬剤師に求められる働き方は急激に変化しており、その中で今の働き方や将来に不安を持つ薬剤師が増えていると思います。こんな時代だからこそ、自分自身をしっかりと見つめ直し、キャリアプランを考えることが大切です。カウンセリングを通して、薬剤師一人ひとりが自分自身の強みや価値観に気付き、自分らしい生き方を実現する力を育む支援を行いたいと思います。そして、「患者さんのために自分らしく働ける薬剤師」を増やすことで、薬剤師がより活き活きと地域のために働ける環境作りに貢献したいと考えています。

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高橋 伸夫
たかはし のぶお

(フロンティア薬局浅草橋店・管理薬剤師)
フロンティア薬局にて訪問服薬指導を中心に従事中。年間約200件のお看取りのお手伝いをしている。
現在は業務のかたわら薬剤師の目標設定、自己分析、新人教育の相談などにも対応。
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