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医療マンガで学ぶ薬剤師の矜持

更新日: 2021年11月30日 小原 一将

薬剤師の責務である、患者さんの”健康”な未来を考える-医療マンガで学ぶ第六回-

マンガで学ぶ「患者さんの”健康”な未来を考える」の画像1

2020年に放送されたテレビドラマ「アンサングシンデレラ」は大きな話題を呼びましたが、このドラマは病院薬剤師を主人公にしたマンガが原作です。医師や看護師が主人公のマンガは多くありますが、薬剤師という職種にスポットライトが当たることは珍しいので、皆さんの記憶にも残っているはずです。このマンガを読んで、薬剤師という職業を誇りに感じたり、日々の仕事にやる気が出た方も多いのではないでしょうか。

今回は、”健康”を管理される社会を描いたSF作品である「<harmony/>」を紹介します。進歩する医療や、新型コロナウイルス感染症の広がりなどが影響して、”健康”でありたいという我々の意識は日々高まっています。この作品には、私たち薬剤師が”健康”を管理するということの意味や意義について、改めて考え直す重要な示唆が多く詰まっています。

マンガで学ぶ「患者さんの”健康”な未来を考える」の画像2

©FUMI MINATO ©Project Itoh/HARMONY

■今回のマンガ
タイトル:<harmony/> ハーモニー
作者:三巷文 (漫画), 伊藤計劃/Project Itoh (原作)
主人公:螺旋監察官 霧慧 トァン
出版社:KADOKAWA
連載:2015年〜2019年(全4巻)

作家・伊藤計劃の同名小説をもとにした本作品は、<大災禍>によって多くの人が亡くなってしまった後の世界が舞台です。<大災禍>で使用された核兵器によって、がんの発生率が急上昇し、さらにその影響を受けて未知のウイルスが大量発生したことが、その原因です。そこで世界は、「生命至上主義」を唱え、政府ではなく生府による医療福祉社会を作り上げました。この社会では、人々自身が公共のリソースとみなされて、健康であることが義務であるという「空気」が生み出されています。

主人公である霧慧(きりえ)トァンは、生府の危機管理を行うWHO螺旋監察事務局の上級監察官として紛争地帯などで業務を行っています。トァンは、高校生の頃に出会った同級生ミァハの影響によって、今の社会に疑念を持っていました。さらに、友人のキアンが大量自死事件で犠牲になったことで、社会の危うさに気付き始めます。
物語は、トァンがこの大量自死事件の真相を探り始めることで、核心へと近づいていきます。

初めて私がこの作品を読んだ時、「難解だ」という感想と共に「考えるべきものがある」と思わされました。作品には、思考の出発点が多く描かれているのですが、その中でも私たち薬剤師にとって考えるべき”健康を管理する”というテーマを今回の記事で取り上げます。

「薬剤服用歴管理指導料」をもう一度考える

この<harmony/>の世界では、成人になった時にWatchMeと呼ばれるセンサーを体内に取り込みます。このセンサーと、このセンサーから得られた情報を管理・解析するメディケアというシステムによって、世の中のほとんどの病気を撲滅してしまうことに成功しています。健康であり続けるために自身の全てを開示し、個人の意思決定を他者(システム)に委ねることによって、完全に調和のとれた世界を構築している、ということです。それは、人類が描いていた”理想の未来”にたどり着いたように見えるのですが、その現状に対してミァハはこのように話します。

マンガで学ぶ「患者さんの”健康”な未来を考える」の画像3

©FUMI MINATO ©Project Itoh/HARMONY  <harmony/>1巻 P71

オトナたちは今、多くのものを外注に出して制御してる。生きること、病気になること、もしかしたら考えることも。本来自分自身のものでしかあり得なかったものを

“健康”が至上命題であり、それぞれの身体を社会のリソースと捉える世界を本作品では描いている。読者はある種の違和感を持ちながら読み進め、そしてその違和感を御冷ミァハが少しずつ言葉にしてくれる。
死や病気から逃れて、健康であり続けたいと願った終着点が、自分の意思と身体を切り離すことであるならば、”健康”という多分に主観的な概念を私たちがどのように捉えれば良いのかを考えさせられるシーンである。

「薬剤服用歴管理指導料」は多くの薬局で算定され、薬局で働くほとんどの薬剤師が薬歴の記載を含めた業務を行ったことがあるはずです。この算定の歴史は古く、1986年に”5点”が算定されるようになり、現在では”57点”か”43点”を算定することができます(参考:
https://pharmacist.m3.com/column/iryouseido/2548)。

今回の作品を読むまで、この指導料について深く考えたことはありませんでした。私が薬局薬剤師として働き始めた10年ほど前にも当たり前に算定されていましたし、実際に患者さんの治療にも必要な記録であるので、指導歴を残して次の指導に活かす・・・ということには何の違和感もなく業務を行っていました。しかし、薬剤師が患者さんを”管理”して”指導”するという考え方はどうなのだろう、この<harmony/>で描かれた”理想の未来”と何が違うのだろうと感じるところがありました。

これについて改めて調べてみると、薬剤服用歴管理指導料とは「薬歴管理」と「服薬指導」からなるものであり、患者さんを”管理”して”指導”するものではない、ということが分かりました1)2)

患者さんから得た検査値のような客観的なデータと、薬剤師が見たり聞いたりした主観的内容を記録したもの(薬歴)を管理して、正しい服薬治療ができるように指導することは、患者さんそれぞれに最適な健康を作り出すことに何ら反するものではありません。一般的に”管理料”と呼ばれる「薬剤服用歴管理指導料」ですが、初めて5点の点数がついた1986年から35年が経過した現在でも、薬剤師は「目の前の患者さんに健康になってもらいたい」という思いを変わらず持っています。

ただ、その思いが強いがゆえに、”健康”という抽象的な存在を絶対的なものであるかのように認識して、そこに向かわせるために管理して”指導”するという方向に向かわないよう、注意する必要があります。

健康でないことは幸せでないことと同義であるか

マンガで学ぶ「患者さんの”健康”な未来を考える」の画像4

©FUMI MINATO ©Project Itoh/HARMONY  <harmony/>2巻 P34

医療分子の発明は、身体と規範とを同一のテーブルに並べてしまった。この社会は当然に自分を律することも外注に出している

「健康」という言葉は広く使われますが、精神も含めた身体が健康であることと、人生が幸せであることを同列に語って良いかどうかは薬剤師としても考える必要があります。

例えば、タバコには有害な物質が多く含まれており、肺がんのリスクを増大させるなど健康を損なう可能性があります3)。しかし、喫煙によるストレスの解消や、タバコを仲間と一緒に吸うことで関係性を深めるなど、人生をより良くするために必要であると考える人もいるでしょう。

本作品では、身体を傷つけるような行為は「悪いこと」とされており、そのような見えない圧力があるという描写があります。タバコに限らず、アルコールやカフェインの摂取も身体にとって有害なので摂取をしないことが「正しい」という空気があるとされています。

身体が健康であることは良いことであり、健康を害するような行為は良くないことである・・・ということは、ある意味において間違いありません。ただ、健康を害するような行為を”絶対悪”だと決めつけることは、やや配慮にかけていると感じます。人に迷惑をかけたり、傷つけたりする行為は間違っていますが、人の人生はその人のものであり、人生が良いものであったかどうかは主観的なものですので、良いか悪いかはその人自身が評価するところでしょう。

健康であることと、健康を害して得られる”幸せ”を天秤に乗せた際、多くの人は時と場合によってどちらに傾くか分からないはずです。体に悪いと理解しつつもタバコを吸ったり、お酒を飲んだり、甘いものや脂っこいものを食べたり、夜更かしをしたり・・・そんな患者さんを、我々は薬剤師として何度も見たことがあるはずです。これを「良い」か「悪い」かの二元論で考えてしまうと、本作品の生府と同じような窮屈さを生むことになってしまいます。

患者さんにどのような未来を迎えてもらいたいか、そして患者さん本人はどのようになりたいと思っているか、ということを時には一緒に悩みながら、より良い治療を考えることが薬剤師の責務であると、私は考えます。患者さんの行動を「良い」とか「悪い」とかジャッジするのではなく、患者さんのより良い未来に少しでも近づけるよう、具体的な解決方法を提示したり、ともに悩んで考えたりするような関わり方こそが求められているはずです。

患者さんそれぞれの健康を考える

以前にもご紹介しましたが、”健康”という言葉は薬剤師法第一条にも書かれています。
”薬剤師は、調剤、医薬品の供給その他薬事衛生をつかさどることによって、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。”3)

新型コロナウイルスの感染拡大により、”健康”について改めて考える機会は増えました。ワクチンを含め、世間を賑わせる新型コロナウイルスに関する情報には、根拠のないものも含まれており、それらによって不安に駆られる人も多くいます。根拠のない情報を信じて不利益を被る選択をしてしまった方も、本来は「健康になりたい」と考えていたはずです。

全国に30万人以上存在する薬剤師4)は、国民の健康な生活を確保するために日々努力しています。しかしその努力は、ある方向のみに向かうべきという”管理”の側面が強くなりすぎてはいけないということ、そして行き過ぎた”管理”はどんな矛盾を生み出す可能性があるのか、そんなことを本作品から学ぶことができます。

「健康」は、医療従事者によって強制されるものではありません。その言葉が意味するものは、人によって違っているため、目の前の患者さんそれぞれの”健康”を考える必要があるでしょう。患者さんは薬を飲むために生きていくのではなく、より良い人生を歩むために薬を飲んでいます。そのため、薬に精通し、誰よりも薬のことを知っている私たち薬剤師は、より良い人生をどのように歩んでいくのかを、薬を通して患者さんと共に考えることが求められています。

1)「薬歴」は、医薬分業が始まった当初からあった?
2)保険薬剤師のための保険研修会
3)薬剤師法
4)平成30年(2018年)医師・歯科医師・薬剤師統計の概況

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小原 一将
こはら かずまさ

薬剤師/株式会社sing代表取締役
2009年京都薬科大学を卒業後、様々な保険薬局で勤務。薬剤師の価値をもっと社会に届けたいと考え、2019年12月に株式会社singを設立。「頼れる薬剤師が身近にある社会をつくる」をビジョンとして、薬剤師の教育や新しい働き方の支援を行っている。
Apple製品好きであり、薬剤師の業務や医療の発展に活用できないか日々考えている。

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