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プラセボ効果-人と生活と、ときどき薬理

更新日: 2021年11月16日 青島 周一

不確実性としてのプラセボ効果‐ホメオパシーと漢方薬の違いを決定づけるもの

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前回はホメオパシーを例に、僕たちが何を科学的な治療と呼び、何を非科学的な治療と呼ぶかは、社会的習慣、あるいは文化的背景に依存している側面を論じてきた。一方で、ホメオパシーによって救われたと感じている人も確かに存在する。そうでなければ200年にわたるホメオパシーの歴史が、途絶えることなく今日まで続いているとは考えにくい。今回はホメオパシーに対する一般市民の関心や、その利用動向について整理したうえで、日本における漢方薬と対比しつつ、現代医療においてプラセボ効果をどのように扱うことが適切なのかを論じたい。

ホメオパシーに対する関心と、その利用動向

日本においてホメオパシーはどう認識されているのだろうか。日本学術会議は2010年8月24日付けで、「『ホメオパシー』についての会長談話」という声明を公表し、ホメオパシーを科学とは認めないと明言している。また、日本医師会および日本医学会はこの声明に全面的に賛同した1)。つまり、日本の医学界において、ホメオパシーは科学とは認められていないことになる。

一方で、ホメオパシーやレメディーを健康食品やサプリメントなどと同等に語ることについて、否定的な見解を示しているわけではない。むろん、世界的にはホメオパシーを利用している人々は少なからず存在しており、11か国を対象とした調査2)によれば、一般成人の約1.5%が、ホメオパシーの利用経験を有していた。また、ホメオパシーの利用動向は、国ごとに大きな相違が認められる。例えば北欧諸国、英国、南欧諸国、東欧諸国において、ホメオパシーはほとんど利用されていない。一方、スイスでは6.4 〜8.2%2)、フランス、ドイツ、オーストリアでは10%を超えおり3)、デンマークとドイツでは実に10倍以上の差が認められている【図1】。

プラセボ効果-人と生活と、ときどき薬理の画像2

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【図1】欧州におけるホメオパシーの利用状況(参考文献2、3より筆者作成)

社会経済的状況がほぼ同等である国々で、ホメオパシーの利用状況に小さいくない差がみられることは、ホメオパシーの利用と医療アクセスの良さにはあまり関係がない可能性を示唆する。ホメオパシーの利用を決定づけているのはホメオパシー市場の規模医療制度の違いによるところが大きい。ドイツで利用者が多いのは、ホメオパシー発症の地だからかもしれない。また、スイスでは、ホメオパシーが保険適用となっており、それゆえ利用者が多いのであろう。

漢方薬の効果と日本の医療

保険の給付対象になるかどうかは、その医療の利用状況に大きな影響を及ぼす。例えば、漢方薬は保険適用となっていない国が圧倒的に多い一方で、日本では148種類の漢方製剤が国民健康保険制度の下で使用可能だ。その処方頻度は高く、中には不適切な漢方処方も多い4)

日本東洋医学会のウェブサイトには、漢方薬の有効性に関する論文情報がデータベース化されている5)。しかし、有効性が示された研究の多くで、評価されたアウトカムの臨床的な意義や、研究手法について議論の余地があり、質の高い検証はできていないように思われる。実際、プラセボ対照二重盲検ランダム化比較試験のように、治療効果の検証に適した研究手法で検討すると、有効性が示されないケースもある。

例えば、扁桃炎や扁桃周囲炎に保険適用を有する桔梗湯については、急性上気道炎に対する咽頭痛の改善効果が2013年に報告6)されている。この報告は、急性上気道炎患者40人を対象に桔梗湯を投与する前と後の咽頭痛症状(0~100点で評価、点数が高いほど疼痛が強い)を比較した、前後比較研究の結果をまとめたものである。解析の結果、咽頭痛症状のスコアは、桔梗湯を服用する前が48.2点だったのに対して、服用後は35.4点と、12.8点のスコア減少が示された。

しかし、2019年に報告されたランダム化比較試験7)では桔梗湯の有効性は示されていない。この研究では上気道感染症患者70人が対象となった。被験者は桔梗湯を服用する群(35人)と、プラセボを服用する群(35人)に、ランダムに振り分けられ、二重盲検下で咽頭痛症状の変化が比較されている。なお、咽頭痛症状は2013年の研究と同じく0~100点で評価された。その結果10分後の咽頭痛のスコア変化は、桔梗湯群で14.4点減少したが、プラセボ群でも17.0点減少しており、2群間で臨床的に意味のある差はなった。

薬の効果を考えるうえで大切なのは、薬の投与前後を比較しただけでは、薬そのものの効果を検証することが難しいということである。急性の上気道炎に伴う咽頭痛は、桔梗湯ではなく水やジュースを飲んでも一時的には症状の改善が期待できることであろう。医学的介入の前後比較により示された効果には、プラセボ効果のような厳密な薬効以外の影響が多分に含まれている。オープンラベルプラセボでさえプラセボ効果が表れるのだから、実薬であればなおさらであろう。他方で、被験者を実薬投与群とプラセボ投与群にランダムに振り分け、二重盲検下で比較した場合では、プラセボ効果の影響は小さい。

桔梗湯の例ではプラセボ効果の影響を受けやすい研究では有効性が示され、プラセボ効果の影響を受けにくい研究では明確な効果が示されていない。どちらの研究結果を重視するのか、その態度こそが科学性を基礎づけている。そういう意味では、ホメオパシーの効果と、漢方薬の効果の取り扱いは、例外はあれど基本的には同等のものであって、どちらがより科学的な効果なのかという問いに、明確な答えは与えられない。プラセボ効果の影響を受けやすい研究結果のみに関心をむけ、漢方治療には効果があると考える態度は、ホメオパシーに効果があると考える態度と何ら変わるところはない。

むろん、漢方製剤を臨床で使用すべきではないと主張しているわけではない。ただ、日本の医学界がホメオパシーを科学的な医療とは認めない中で、漢方薬を科学的な医療として扱うのは、フェアな批判的精神とは言えないということである。

プラセボ効果の取り扱いをめぐる懸念

漢方薬やホメオパシーの効果の是非について、様々な観点から多様な議論が可能である。必ずしも否定的な見解だけでなく、場合によってはエビデンスに裏打ちされた標準的な医療と遜色ない効果を得られることもあるだろう。ただ、1つだけ指摘して起きたいのは、患者がホメオパシーや漢方薬の利用に関心が向くあまり、標準的な医療を受ける機会を喪失してしまう懸念である。

標準的な医療を補ったり、その代わりに行う医療のことを補完代替医療と呼ぶ。ホメオパシーや漢方薬も補完代替医療の一つとして扱われることは少なくない。とりわけがん治療において関心の高い補完代替医療であるが、生存に対して一定の有効性が確立しているような標準的な治療受けないことによるリスクが報告されている。

非転移性の乳癌、前立腺癌、肺癌、大腸癌と診断された1290人(平均56歳)を対象とした研究8)では、補完代替医療を選択すると、標準的ながん治療を拒否する傾向にあることが示された。また補完代替医療を受けていた人たちは、受けていない人たちに比べて、5年生存率が低かったことも示されており、補完代替医療を受けていることは、死亡の危険因子であったと報告されている(ハザード比2.08[95%信頼区間1.50~2.90])。

プラセボ効果の取り扱い

2005年8月27日、Lancet誌に「The end of homoeopathy」と題された社説9)が掲載された。「ホメオパシーの終焉」という過激なタイトルの短い論考は「今、医師たちは、ホメオパシーの恩恵がないことを患者に、また患者の個別ケアのニーズに対応できない現代医学の失敗を自分自身に、大胆かつ正直に伝える必要がある」と締めくくられている。

どんな薬においても、それがたとえレメディーや漢方薬、あるいはプラセボそのものであったとしても、人と人とが関わり合う医療という文脈の中では、程度の差はあれプラセボ効果が生まれる。そして、このプラセボ効果こそが、薬の効果に不確実性をもたらす強い原因である。薬理学的には効果が期待できないはずの薬が、患者にとって唯一の治療薬になることもあれば、思いもよらぬ有害事象の原因となることもある。薬を服用することによってもたらされる効果は、常に不確実性の中にあると言ってもよい。この不確実性の使い方が健全なものかどうかが、医療を科学足らしめる一つの基準なのかもしれない。

まとめ

世界的にはあまり利用されていない漢方薬も、日本では保険給付の対象であり、その処方頻度は高い。一方で漢方薬の有効性を検証した質の高いエビデンスは少なく、プラセボと比較した二重盲検試験において、有効性が示されなかった漢方薬すら存在する。そういう意味ではホメオパシーの効果も、漢方薬の効果も、本来的には同列に論じられるべき可能性を秘めている。しかし、日本の医学界は、前者を非科学、後者を科学と、明確に選り分けている。
そのような中で、僕らは薬を服用することによってもたらされる効果が、不確実性を含んでいることを再認識しなければならない。この不確実性をもたらしている強い原因こそがプラセボ効果であり、医療を科学足らしめるその基準は、プラセボ効果の取り扱いの「健全さ」に依存していると言っても良い。

【参考文献】
1) 日本医学会 「ホメオパシー」への対応について
2) Homeopathy. 2017 May;106(2):69-78. PMID: 28552176
3) Wien Klin Wochenschr. 2020 May;132(9-10):232-242. PMID: 32152694
4) BMC Complement Altern Med. 2018 May 11;18(1):155. PMID: 29751840
5) 日本東洋医学会 漢方薬エビデンスレポート .構造化抄録および構造化抄録作成論文リスト
6) J Complement Integr Med. 2013 Dec 20;11(1):51-4. PMID: 24356393
7) Intern Med. 2019 Sep 1;58(17):2459-2465. PMID: 31178508
8) JAMA Oncol. 2018;4:1375-81. PMID:30027204
9) Lancet. 2005 Aug 27-Sep 2;366(9487):690. PMID: 16125567

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青島 周一
あおしま しゅういち

2004 年城西大学薬学部卒業。保険薬局勤務を経て2012 年より医療法人社団徳仁会中野病院(栃木県栃木市)勤務。特定非営利活動法人アヘッドマップ共同代表。
主な著書に『OTC医薬品 どんなふうに販売したらイイですか?(金芳堂)』『医療情報を見る、医療情報から見る エビデンスと向き合うための10のスキル(金芳堂)』『医学論文を読んで活用するための10講義(中外医学社)』

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